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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.06.17[20:39]

「今日……ラパスに逢った」
 ミロの背に手を回し、アーナスは低く囁く。
 ラパスの名を口にした途端、嫌な映像が脳裏に甦った。
 乾燥した血液が付着した銀の髪が、不吉に宙を舞う。
「兄上の……アイラ兄上の遺髪を……私の目の前でばら撒いたんだ、奴は」
「アイラの?」
 ミロが心配そうにアーナスの顔を覗き込んでくる。
「そう。アイラ兄上のだ……。兄上は、ラパスに殺されたんだ」
「でも、見たのは髪だけだろ? アイラの遺体を目にしたわけじゃない」
 慰めるようにミロは言う。
「あの魔王と謳われるラパスが、キールの王子である兄上を生かしておくと思うか?」
 不安に揺れる眼差しでアーナスはミロを見返した。
「それは解らんが、髪だけでアイラが死んだと断定するのはよくないな。――と、いうか、俺は信じたくないね。前にも言っただろ。あいつは、あれで随分としぶといんだ。きっと生きてるさ」
 アーナスを抱くミロの手にそっと力が加わる。
「そうだな……。後ろ向きの考えはよくないな。兄上は、きっと生きている」
 頷き、自身に言い聞かせるように言葉を口にする。
 それがたとえ真実ではなくても、ミロの言葉を信じたかった。
 今思えば、あの銀髪とてアイラのものかどうか疑わしいものだ。
 ミロの言う通り、死体を見たわけではない。
 髪だけで判断するのは、些か思慮に欠けている……。
 僅かでも希望が残っている限り、それを――己れを信じるしかない。
「あいつのことだ。そのうち、ひょっこりと姿を現すさ」
 アーナスを励ますようにわざと軽い口調で告げ、ミロが額に唇を寄せてくる。
「今は、腹の子供のことだけ考えろ、アーナス」
 口づけた後、ミロは優しく微笑み、話題を転換させた。
「六ヵ月か……。春には生まれるな」
 アーナスの額に自分の額を押しつけ、感慨深げに呟く。
「健やかな子を産めよ、アーナス。まっ、俺に似てもアーナスに似ても、美しい子になることだけは確かだな」
「自信満々というか、自惚れというか――親馬鹿だな、ミロ」
 アーナスはミロの輝く白金髪を指に絡めながら、微かに笑む。
「当ったり前だろ。俺とおまえの子だぞ。――そうだ、この子の名を決めなきゃな!」
 ミロはアーナスの腹部に手を添え、嬉しそうに顔を輝かせるのだ。
「気が早いな。いや、私も同じか。――実は、付けたい名があるのだよ」
「俺もだ」
「生まれてくるのが男御子でも女御子でも、名は――」
「ロレーヌ」
 アーナスの言葉を先回りして、ミロが告げた。
 アーナスが驚いたように数度瞬きを繰り返す。
「俺たちの愛する大地――聖なるロレーヌだ」
「……そう。愛すべき、美しきロレーヌだ」
 アーナスの顔がフッと弛緩する。
「珍しく意見が合うな、ミロ」
「相思相愛だからな」
 ミロは極上の笑みを美顔に刻み込み、アーナスの額に接吻を与える。
「このロレーヌをラパスの好きなようにはさせない。私が――護る」
 アーナスは瞼を閉ざし、ミロの胸に顔を埋めた。
「地の果てまでもお供しますよ、我が姫君」
 ミロは冗談めかして言い、毛布を引っ張り上げて自分諸共アーナスをその中に包んだ。
「……寒いな」
 アーナスは微かに身体を震わせ、ミロに擦り寄った。
「ああ。寒波が押し寄せている――冬将軍の到来だ」
 ミロの腕が、見えぬ何かから守護するようにアーナスをしっかりと抱き寄せる。
 温かい体温。
 心地好い鼓動――安堵させる波動。
 全てが、愛しい。
 愛するミロ。
 彼と自分の小さな生命が自分の中で密かに、だが力強く息づいている。
 ――ロレーヌ、ロレーヌ。
 愛しいミロの温かさに包み込まれながら、アーナスは熱っぽく祈った。
 ――我が愛しき子……御身に祝福あれ。


     *


 その夜、ロレーヌ地方は例年よりも早い初雪に見舞われた。
 冬の訪れ――それは、戦の小休止を意味する。
 美しく見える銀世界は、地形を全て覆い隠してしまうので戦場には不向きであり、また降り積もる雪は、水や食料などの補給線を断ってしまう恐れがあった。
 ロレーヌの地で繰り広げられる戦争も、やむなく中断しなければならない。
 冬は、戦人に束の間の休息をもたらす。
 戦士たちの野心、怒り、憎悪、希望――全てを凍りつかせるように、雪は深々と降り続ける……。



     「5.生誕――再び春」へ続く



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