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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.06.17[22:45]
 大陸暦一二八六年――


 時は、新しい年を迎えた早春。
 イタールの王都エカレシュ――その中枢部であるレイ城は、密やかな熱気と興奮に包まれていた。
 第三王子ミロの妃――ギルバード・アーナスが、夜明け前から急に産気づいたのである。
 城内は俄かに騒然となり、医師や侍女らが忙しく回廊を行き交っていた。
「まだ産まれないのかっ!?」
 アーナスの自室の前を浮ついた足取りで行ったり来たりしながら、ミロは、もどかしげに言葉を吐き出した。
 もう五、六時間も、こうして部屋の前をウロついている。
「何をしてるんだ、産医の奴らはっ……!」
 苛立たしげに親指の爪を歯で噛み締める。
「……少し落ち着いたらどうだ、ミロ」
 兄である第二王子リオンが、苦笑を浮かべながらミロの肩に手を添えた。
「自分の子が産まれるっていう時に、落ち着いてなんかいられるかっ! 兄上も俺と同じ立場になったら解るさ」
 ミロは恨めしそうな目付きで兄を見遣った。
 中々朗報が届けられない焦りを弟にぶつけられたリオンは、軽く肩を竦め、隣に立つ妻のアリシュアに視線を流した。
 アリシュアが優しく微笑む。
 彼女もめでたく懐妊中だった。
 当然の如くリオンの子で、既に三ヵ月を経過している。
「そんなにご心配なら、出産に立ち会ったらいかがです、ミロ様」
「それは考えましたよ、義姉上」
 ミロはアリシュアに視線を移した。
 その表情は冴えない。
「だけど、侍女の奴ら――『出産は女性の神秘。殿方の出入りは一切禁じます』なんて言いやがって、俺を追い出したんだ! ったく、王子の俺を何だと思ってるんだっ!?」
 憤慨も露にミロは大仰に叫んだ。
 アーナスの傍に近寄らせてもらえないことが、余程頭にきているらしい……。
「同感ですな、ミロ様。爺も……姫様が生まれた時より傍に遣えてきた、この爺でさえも中には入れてもらえんのです……」
 アガシャがミロに共感したらしく、深く頷きながら応じる。
「ホーント、侍女たちはアーナス様の熱烈な信望者なんだから! 困るよねぇ」
 ルークも半ばうんざりしたような口振りで同意見を主張する。
「私もね、入室を拒否されたのよ!」
 唇を尖らせながら口を挟んできたのは、ローズ・マリィだ。
「子供が見るものではないんですって! 失礼しちゃうわよねぇ。マリィ、もう十六になったのよ。子供じゃないわ」
 拗ねたように頬を膨らませる。
「そういうところが『子供』だ、ローズ」
 妹の態度を見て、ミロが僅かに顔を綻ばせる。
「酷いわ、ミロ兄様!」
 ローズ・マリィの頬がより一層膨らむ。
 ミロに向かって何か抗議しようと、ローズ・マリィが口を開きかけた時――
 オギャアッ! オギャアッ!
 元気な産声が室内から響いた。
「アーナスッ!」
 ミロの双眸が歓喜に輝く。
 皆の視線が一斉に部屋の扉へと集中した。
 ギギギ……と、重々しい音を立てて扉が内側から開かれる。
 老練の女医師が姿を現わし、一同に向かって恭しく頭を下げた。
「産まれたかっ!?」
 ミロが待ち切れぬ様子でツカツカと医師に歩み寄る。
「はい」
 医師が再び頭を垂れてから、真っ直ぐにミロを見返した。
 その顔に晴れやかな笑みが浮かぶ。
「健やかな男御子でございます」




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