ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「ロレーヌ、おまえの名は、我が愛する大地からいただいたものだ。……その昔、このロレーヌは一つの国だった」
 アーナスは、赤子に視線を据えたまま語りかける。
 その瞳は、知らぬ遠い過去に想いを馳せているようでもあった。
「初代ロレーヌ王には、三人の王子がいた。仲の良い兄弟だったので、王は玉座を明け渡す際、非常に悩んだという。悩みに悩んだ結果、国を三つに分割し、王子たちにそれぞれの国を与えた。――キール・イタール・カシミアの発祥だ。三国の兄弟王は、決して互いの国を攻めぬこと、何かあった時には必ず助け合い協力し合うことを誓って『平和協定』を結んだ」
「兄弟王たちは、この美しきロレーヌをこよなく愛していたのさ」
「そうだ。『平和協定』を無視し、ロレーヌ三国が相争うことがあってはならなかったのだよ……。ロレーヌ初代王と兄弟王たちの嘆きが聞こえてきそうだ」
 アーナスの双眸が、悲嘆にくれるように暗く翳る。
 ミロがアーナスの手にそっと自分の手を重ねてきた。
「元々はロレーヌという一つの国だったんだ。……俺は、再び一つの国に戻ることがあっても良いのだと思う。だが――」
「ラパスのやり方では納得できぬ」
 ミロの言葉をアーナスは引き継いだ。
 表情が厳しく引き締まり、双眼が鋭利な光を宿す。
「戦により他国を奪い取り、支配するやり方では駄目なのだ……! そんなことは、ラパス以外、誰も望んではいない。民が納得しない。奴の傲慢な振る舞いは、ロレーヌに対する冒涜だ!」
「解ってる、アーナス。だから、俺たちはラパスと戦っているんだろう? 美しく平和なロレーヌを取り戻すために。――あんまり興奮するなよ。出産したばかりで、体力が消耗してるんだからな。身体に悪いぞ」
 ミロがアーナスを宥めるように優しい言葉を連ねる。
 アーナスは彼の思いやりを素直に受け止め、了承を示すように頷いた。
「ところで――出産祝いは何がいい?」
 唐突に、ミロが明るい口調で話題を転換させる。
「そんなものは要らぬ。私にはミロとロレーヌがいれば……いや――」
 ミロの申し出を即座に拒否しようとしたアーナスだが、ふと逡巡するように瞳を細め、黙り込んだ。
「何が欲しい、アーナス?」
 ミロが微笑みながらアーナスの顔を覗き込んでくる。
 優しさの溢れる寛容な翡翠の双眸が、ひたむきにアーナスを見つめていた。
「……剣を――」
 アーナスは心を決め、ミロを見返した。
「ローラによく似た剣を、一つ造ってほしい」
「――あっ? ローラ?」
 ミロが不審そうに首を捻る。
 出産祝いに剣を望むとは物騒だ。
 しかも、神剣ローラに似た剣とは……?
「そんなの無理に決まってるだろ? ローラは、神の剣だ。どんなに優れた剣造りの名人にも、あれと同じものは造れないさ」
「あれと同じものが人間の手で造れるとは、私も思ってはいない。似ていればいいんだ。透明な刃は、何で出来ているのか知らんが、水晶かなにかで代用して、魔術師にでも人を斬れるような魔法をかけてもらえばいい。柄は、どうにかして同じように造ってもらうしかないが……」
 アーナスは真剣な面持ちでミロを見つめる。
「……解った。何とかしよう」
 ミロはアーナスの真摯さに根負けしたように溜め息をつき、微笑を湛える。
「他ならぬ、愛する妻の頼みだからな。それに、何か考えがあるんだろ?」
「まあ、な」
 アーナスはゆっくりと首肯した。
 だが、その『考え』については何も語らず、ミロも徒に訊きだそうとはしなかった。
「……春が始まる」
 アーナスは囁くように告げた。
「ああ、雪解け間近だ」
 ミロの手がアーナスに伸ばされ、頬をそっと撫でる。
「降り積もる雪が消え去る」
 アーナスはミロの手に自分の手を添え、静かに握りしめた。
「戦の時期だ――」
 ひっそりと呟きながら、瞳を閉ざす。
 閉じた瞼の裏に、業火に焼かれる己れの姿を見たような気がした……。

 春の兆しは、新たな戦乱の兆し――



     「6.月姫の花葬」へ続く



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2009.06.17 / Top↑
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