ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「和平だと? 停戦だと? 何を考えている、奴は!?」
 謁見の間に、アーナスの叫びが谺した。
 ラパスの申し入れを頭から信じていないような、憤怒の叫びだった。
 現在、謁見の間にいるのは、アーナスとミロ、レギオン国王の三人のみ。
 カシミアの勅使が、それ以外の者の同席を拒んだからである。
 そのカシミア勅使は、停戦と和平の条件を告げた後、レギオンとアーナスの決断を待つために隣室にて控えていた。
「王都を目前にして――イタールを落とせるかもしれぬというのに、自ら停戦を望むとは何か裏があるとしか思えん」
 アーナスは苛立たしげに歯噛みした。
「同感だが……形勢不利な我らとしては、奴の条件を呑まなければならないだろう」
 ミロが芳しくない表情で告げる。
「それで、本当に戦が終結するのならな!」
 アーナスは鋭くミロを見遣った。
「キールとローズ・マリィを得て――それで奴の野心が満足するなら、これ以上戦は起こらないだろう。だが、奴はそんなに甘くはない!」
 アーナスは、脳裏にラパスの残忍な笑みを思い浮かべながら言い放った。
 あの魔王の瞳の何と冷たいことか。
 ゾッとするほど冷ややかで美しい――悪魔の化身のような男。
『世界を手に入れる』と豪語した男が、心の底から停戦や和平を望んでいるはずがないのだ。
 ラパスからの条件は、占拠したキールをカシミア領として認可すること。
 和平と友好の印しとして、イタール王女ローズ・マリィ・レイクールンを妃に迎えたい。
 この二点に集約される。
「しかし、アーナス殿。ここで、イタールまでもを失ってしまうわけにはゆかぬだろう。後々、ラパスに対抗する勢力を隠密に育てねばならぬし……」
 レギオンがアーナスに渋面を向ける。
 苦悩に満ちた表情だ。
 イタールを護らねばならぬという王の意思と、愛娘を憎き敵ラパスに差し出さねばならぬという親の感傷が、不本意ながらも共存しているようだった。
「……承知しています」
 アーナスは不承不承に頷いた。
 イタールをラパスに乗っ取られてしまえば、彼に叛旗を翻す拠点が失われてしまうことくらい、アーナスにも解っている。
 何より、イタールの国を、民を――キールと同じように滅ぼすわけにはいかないのだ。
 キールの二の舞になどさせてはならない。
 アーナスは両の拳に力を込めた。
「ですが……マリィををあの男の花嫁になど……!」
 ――あんな冷酷な男に、華のようなローズ・マリィを奪われるなんて!
 レギオンやミロとて快く思っていないはずだ。
 アーナスは、裁可を求めるようにレギオンに視線を据えた。
「ラパスがローズ・マリィを望むのは、体面的なものだろう。我がイタールやキールの民に親愛を示すための、な」
 レギオンが重々しく言葉を紡ぐ。
「だが、形式的なものであってもローズ・マリィがラパスの正妃になれば、奴とて無闇にイタールに手を出すことはできぬだろう。ローズ・マリィがラパスに嫁ぐことは、我らにとっても利となる……。解ってくれぬか、アーナス殿。余は、国王として、このイタールを護らなければならぬのだよ」
 レギオンは国王として裁量を示した。
「しかし――」
 アーナスは食い下がるように声を荒げる。
「それでは、ローズ・マリィの心は?」
 更に抗議の言葉を続けようとした時、
 バタンッ!
 と扉が勢いよく開いた。
 皆が一斉に振り返る。
「わたくし、ラパス王の元へ参りますわ」
 静かで穏やかな中にも、凛然とした響きを宿す声が三人に届けられる。
 光沢のある淡い菫色のドレスを纏ったローズ・マリィが扉の前に佇んでいた。
「ローズ・マリィ!」
「ローズ!」
 アーナスとミロが、同時に恟然とした面持ちでローズ・マリィを見つめる。
 レギオンでさえも愛する娘の突然の決断に驚き、息を呑んでいた。
 たおやかにドレスの裾を翻しながら、ローズ・マリィはゆっくりとした足取りで室内の中央に進み出てくる。
「マリィ!」
 アーナスは反射的にローズ・マリィに駆け寄り、その腕を取っていた。
 ローズ・マリィが細い首を微かに傾げてアーナスを見上げる。
 菫色の双眸が一瞬切ない輝きを帯び、薔薇色の唇が儚げに弧を描いた。
「わたくし、ラパス王の元へ参ります」
 静かに言葉が復唱される。
 アーナスを見つめるローズ・マリィの顔には、華のような微笑が閃いていた……。



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2009.06.18 / Top↑
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