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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.06.18[21:54]
 長い回廊を、アーナスはローズ・マリィと共に歩いていた。
 気まずい沈黙が、二人の上には降り注いでいる。
「マリィ、考えは変わらぬのか?」
 ローズ・マリィの部屋の前で立ち止まったアーナスは、ようやく彼女に声をかけた。
 ローズ・マリィがゆるりと顔を上げ、しっかりとアーナスに視線を合わせる。
「アーナス様。マリィはもう決めましたの」
 決意した者独特の誇らしげで晴れやかな笑みが、可憐な少女の顔に浮かぶ。
「……ラパスを愛せるのか?」
 アーナスは困惑顔でローズ・マリィを見遣った。
 愛のない政治的な婚姻――そんなものでローズ・マリィが幸せになれるとは、到底考えられない。
 しかも、相手はあのラパスだ。
「そんなこと解りませんわ。一度もお逢いしたことがありませんもの」
 ローズ・マリィが肩を竦める。
「マリィに解ることは、ただ一つ――マリィがラパス王に嫁げば、これ以上ロレーヌの地に戦火が広がらず、殺戮が繰り広げられることもなくなる、ということだけですわ。一時的なことだと解っていても、ロレーヌに平和が訪れますわ。アーナス様が望むように」
「マリィ……」
 アーナスは胸が鈍い痛みを発しているのを感じた。
 ――罪悪感。
 実の妹のように可愛がっているローズ・マリィを、憎き敵王の元へ見送らなければならない現実。
 精神的苦痛と屈辱以外の何ものでもない。
 容赦のない責め苦だ。
「マリィは戦場を駆けることも剣を操ることもできませんわ。だから、これがマリィの精一杯の戦い方――」
 ローズ・マリィは微笑みを絶やすことなく、アーナスの手を自分の両手に包み込んだ。
「マリィは、アーナス様とは違う方法でラパス王と戦うのだと思って下さい」
「赦せ、マリィ……」
 アーナスは、ローズ・マリィに包まれた手を強く握り締めた。
「どうして謝るの? マリィは自分の意志でラパス王の花嫁になるのよ。アーナス様が気に病むことはないわ。――マリィは生まれて初めて、自分の意志で戦うのよ。やっと戦えるのよ」
 ローズ・マリィが、硬く握り締められ、小刻みに震えるアーナスの手を優しく開いてゆく。
「忘れないで、アーナス様」
 ローズ・マリィの手が、彼女の胸にアーナスの手を導いた。
「心は、ずっと一緒よ」
 アーナスの手が、強くローズ・マリィの胸に押しつけられる。
 ローズ・マリィの心臓の音が、手を介してアーナスの全身に伝わってきた。
 心に触れる――心が届けられる。
 ローズ・マリィの心は、悲しいほど強く、熱く、訴えていた。
 切望していた。
「離れ離れになっても、心は――アーナス様と共に戦うわ」
 囁くローズ・マリィの表情はひどく大人びていた。
 もう子供ではない、一人の美しい女性だ。
 ローズ・マリィの解き放たれた本当の心に、アーナスは触れたような気がした。
 アーナスはその心を受け止めるように、ローズ・マリィを両の腕で強く抱き締めた。


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