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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.06.18[22:11]
 流れるような黒髪。
 夜の闇のような双眸。
 美しく若い王の姿に、ローズ・マリィは視線を奪われた。
 ――これが……ラパス王……?
 冷酷で残忍だと聞き及ぶカシミア王は、ローズ・マリィの予測を嘲笑うように稀有な美貌の持ち主だった。
 精悍な容貌はしなやかな獣を思わせる。
「ほう。まだ子供だと聞いていたが――」
 ラパスの感嘆したような声が、ローズ・マリィの意識を現実へと引き戻した。
 ラパスの漆黒の双眸が、興味深げにローズ・マリィに据えられている。
「噂にたがわず美しいな。さすがはイタールが誇る《月姫》だ」
 ラパスが満足げに頷き、ローズ・マリィへと歩み寄ってくる。
「よく参られた、姫――我が妃よ」
 ラパスがローズ・マリィの足許に片膝をつき、その手を取る。
 ラパスの唇が手の甲に触れようとした瞬間、ローズ・マリィはスッと手を引いた。
「……姫?」
 ラパスが心外そうにローズ・マリィを見上げる。
「どうなされた、姫君? 何故、そのように憂いた顔をなさっている? 今宵は、余と姫のめでたい初夜だというのに」
「わたくしは、イタールの王女ローズ・マリィ・レイクールンです。陛下と婚儀を結んでも、その心は不変のものですわ」
 ローズ・マリィは正面からラパスを見据え、静かに言い放った。
「フッ……何を言い出すか思ったら、そのようなことか。下らぬな」
 ラパスの顔に冷笑が刻まれる。
 黒曜石の双眸が冷ややかな輝きを放った。
「そなたは今日から余のもの。身も心も、全て余のものだ――肝に命じておくがいい」
 ラパスが立ち上がり、ローズ・マリィの細い手首を掴み取る。
 そのまま、彼は強引にローズ・マリィを寝台へ押し倒した。
「そなたは余の妃だ。これからは余のことだけを考え、余を愛し、余に尽くせ」
 傲然と言い切るラパス。
 二つの黒き瞳がローズ・マリィを呪縛した。
 ラパスの瞳の奥には、身を凍らせる冷たい炎が宿っている。
 ――この人は美しいけれど、とても冷たい。
 ――でも、どうして? この人、アーナス様に似てる。
 ――その瞳に宿す炎は、アーナス様と同じ……。どうして?
「姫、余を拒むな」
 命令のようなラパスの言葉に、ローズ・マリィは我に返った。
『拒むな』と言ったラパスの声音に、哀願にも似た響きが含まれているように感じられたのだ。
 驚いて、しげしげとラパスを見返す。
 だが、ラパスの双眼には相変わらず昏い炎が揺らめいているだけだ。
「……何故、停戦を申し入れたのです?」
 掠れる声でローズ・マリィは問いかけた。
「ギルバード・アーナスへの最後通牒だ。余に従わぬのなら殺す――という」
「恐ろしい方。でも、その言葉は嘘ね。あなたは躊躇っているだけですわ」
 ローズ・マリィの言葉に、ラパスが怪訝そうに眉を寄せる。
「あなたは迷っているだけですわ。アーナス様を殺そうかどうか……」
「姫、何を言って――?」
 問い質そうとして、ラパスはふと口を噤んだ。
 ローズ・マリィの双眸から涙が溢れ出したからだ。
「何故、涙を流す?」
「だって……あなたの瞳、アーナス様と同じだもの」
 ローズ・マリィは片手を伸ばし、静かにラパスの頬に指を添えた。
「恐ろしいけれど……可哀相な人。寂しい人。孤独な人。ただ愛されたいだけなのに――」
「姫……?」
「誰もあなたを愛してはくれないのね? だから、アーナス様を殺すことに戸惑っている。だって、アーナス様を殺せば、誰もあなたを解ってくれる人がいなくなるもの。この世で唯一人、あなたと同じ神の剣を持つアーナス様。アーナス様だけが、きっとあなたの孤独を理解してくれる。そう思うのでしょう?」
「姫。戯れ言はそのぐらいにしておけ」
 ラパスの双眸がスッと細まり、ローズ・マリィの手を邪険に払い除ける。
「余は誰も愛さぬ」
「ええ、そうね。あなたのザハークは滅びをもたらすものだもの……。あなたが憎む人、愛する人――何人にも平等に滅びを与える。あなたの意志とは無関係に。――とても大切な人を……奪われたことがあるのね、ザハークに」
「余は、誰も愛さぬ」
 ローズ・マリィの言葉を遮るように、ラパスが繰り返す。
 その闇の瞳は全ての感情を押し殺し、冷たく凍てついていた。
「だが、姫が余を愛せば、それなりに報いてやるぞ?」
 ラパスが残忍に微笑む。
「正式な婚礼はカシミアへ帰還してからだ。今宵は、そなたを我が妃――カシミア王ラパスのものにする」
 ラパスの指がローズ・マリィの顎にかけられ、唇が寄せられる。
「……わたくしに触れないで」
 ラパスの黒髪が頬にかかるのを無感情に見つめながら、ローズ・マリィは告げた。
 静かに、だがはっきりとラパスを拒絶する。
「何故、そのように意地を張る? 余の妃になるということは、近い未来、このロレーヌ――いや、全大陸を支配する王妃になるということなのだぞ。何故、喜ばぬ?」
 ラパスが微かな怒気を表すように、苛立った声をあげる。
 ローズ・マリィは哀しげに微笑んだ。
「やはり……私を妃にしても、イタールに侵攻し、このロレーヌを手に入れるつもりなのですね? その手で、唯一の共鳴者であるアーナス様を……殺すのですね?」
「そうだ。余にはそれが可能だ。ギルバード・アーナス一人如きに構っている暇などない。余は大陸全てを我が掌中にし、比類なき王となる。――世界を見せてやるぞ、姫。大人しく余の妃となれ」
 ラパスが力強くローズ・マリィの唇を奪う。
「わたくしに触れないでっ!」
 ローズ・マリィは、反射的に両手でラパスを思い切り突き放していた。
 手早く枕の下に忍ばせていた短剣を取り出し、刃先をラパスへと向ける。
「わたくしに……触れないで――」
 ローズ・マリィの瞳から再び涙が溢れ出した。



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