ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「姫、よさぬか!」
 ラパスの手が、短剣をもぎ取ろうと伸びてくる。
 ――アーナス様、マリィに力を……!
 ローズ・マリィは、渾身の力を込めて短剣をラパスへと突きつけた。
「姫っ?」
 ガシッと、ラパスの手が間一髪ローズ・マリィの腕を引っ掴み、捩伏せる。
「姫に剣は似合わぬ。余の暗殺などと、馬鹿げたことを考えるな」
 ラパスの声はひどく静穏だった。
 今ならまだ戯れですませてやる、と闇のような瞳が語っている。
 だが、ローズ・マリィは短剣を手放そうとはしなかった。
「だって……あなたがこの世から消えなければ、お父様が、兄様たちが――アーナス様が困るもの」
「……姫、剣を離せ。そなたの細腕では、余の首は獲れぬ」
 ラパスがきつく眉根を寄せる。
 しかし、ローズ・マリィは頑なにかぶりを振った。
「あなたを殺すことが不可能ならば、わたくしが消えます――」
 ローズ・マリィは、自由になる足でラパスの身体を容赦なく蹴りつけた。
「――姫っ!」
 不意を衝かれたラパスが態勢を崩し、ローズ・マリィから手を離す。
 その隙に、ローズ・マリィは躊躇せずに己が胸に短剣を突き付けた。
「あっ……!」
 灼けるような痛みが心臓を貫き、全身を駆け巡る。
「姫、馬鹿なことをっ! ――そなた、初めから死ぬ気でここへ来たのかっ?」
 崩れ掛かったローズ・マリィの身体を、ラパスが素早く抱き留めた。
 ローズ・マリィの胸からは、夥しい量の血液が溢れ出している。
 ローズ・マリィは涙に濡れた瞳でラパスを見遣った。
「……わたくしが……陛下に嫁いでも……イタールを攻めるのならば……わたくしは、祖国にとっては人質……。兄様やアーナス様の足枷にしかなりませんもの……。それなら……わたくしの存在など……ない方がよいのです――」
「愚かな。それ以上、喋るな。今、手当を――」
 ラパスの激しい眼差しが、ローズ・マリィの上に降り注ぐ。
「わたくしでは……あなたの苦悩を――孤独を……癒してあげられないもの……。だから……わたくしの生命など……救わないで……」
 ローズ・マリィは力を失いつつある手を伸ばし、ラパスの手を握った。
「……陛下の妃として……わたくしが望むのは……それだけです……」
 ローズ・マリィの苦悶の表情を、ラパスは無言で見守っていた。
 胸に突き刺さった短剣は、思いの外深いらしい。
 留まることを知らぬ鮮血が、銀色の花嫁衣装を瞬く間に深紅に染め上げてゆく。
 助かる見込みがないことを、ラパスは瞬時に察していた……。
「僅か一時でも……わたくしを妃と認めて下さるのならば……。わたくしのことを……少しでも哀れと想うなら……どうか……野心をお捨て下さい、陛下」
 ローズ・マリィはゆっくりと瞳を閉ざした。
「……ミロ兄様」
 ローズ・マリィの可憐な顔に、安寧のような微笑みが浮かぶ。
 ――綺麗なドレスも宝石も要らないの。マリィは兄様と一緒に大地を駆けたかったの。
「アーナス様……」
 ――マリィはアーナス様と同じように剣を取って、戦いたかったのよ。強く……強くなりたかった。強く生きて……。
「ルーク――」
 ――愛するあなたを護るために、一緒に戦場に行きたかったの……。愛する人を、この手で護りたかったの。でも、もう無理ね。マリィは、皆より先に逝きます……。
 肉体が、魂が、冷え切っていくのが解った。
 痛みが消え、意識が遠のく。
 もう何も考えられない。もう何も見えない――



「――姫?」
 ラパスは、自分の手からローズ・マリィの手が滑り落ちたのを見て、表情を曇らせた。
 ローズ・マリィの顔には、幸福そうな微笑みが浮かんでいる。
「微笑んだまま逝ったか」
 ラパスは神妙な顔つきでローズ・マリィの死に顔を見つめた。
 ローズ・マリィの死は、ラパスにとっても予定外のものだった。
 だが、これで、次ぎなる戦端の火蓋が切って落とされる。
 停戦・和平交渉は、成立しえなかったのだから……。
「安らかに眠られよ、姫――」
 ラパスは、冷たくなりつつあるローズ・マリィの唇に口づけを捧げた。
《月光の美姫》を見つめる黒曜石の眼差しは、揺るぎない野心を示すように、冷美で苛烈な光を放っていた……。


     *



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2009.06.18 / Top↑
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