ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 イタール王都エカレシュ――
 レイ城は、深い哀しみと憤り、嘆きと憎しみに覆われていた。
 可憐で楚々とした美しき《月姫》――ローズ・マリィ・レイクールン姫が、カシミア王ラパスの元へ赴いて僅か三日後、亡骸となってイタールへ戻ってきたのである……。
『姫様はラパス王の暗殺に失敗し、自らお生命を断たれました――』
 侍女メイファの泣き崩れながらの事後報告が、耳の中で何度も何度も木霊する。
「何故だ? 何故なんだ、ローズ・マリィ」
 アーナスは銀の柩に凭れかかりながら、柩の中のローズ・マリィに視線を注いでいた。
 花々に囲まれた祭壇の中に、ローズ・マリィの柩は安置されている。
 彼女の遺体は魔術で冷凍保存が施してあるために、生前と変わらず美しい。
 銀の花嫁衣装に身を包んだ姫の顔には、幸せそうな笑みすら刻まれていた。
「まだ十六歳だったのに……」
 ギリッと歯を食いしばる。
 アーナスの全身からは、猛火のような怒りと悔やみが放出されていた。
 可愛い義妹の早すぎる死――
「自害なんて……」
 アーナスは激しい動揺に肩を震わせ、堅く目を瞑った。
 胸中に渦巻く、果てしようのない良心の呵責。
 自責、後悔、悔恨の念が、荒れ狂う波のように押し寄せ続けている。
「何故、ラパスの殺害など――」
 アーナスは自問するように呟いた。
 ローズ・マリィが、自分のために、親兄弟やイタール、ロレーヌのために、その道を選んだのは痛いほどよく解っている。
 だが――
「それは、おまえのすべきことではないっ……! おまえが手を血に染めることはなかったのだよ、ローズ・マリィ……。そんなのは私がやることだ。汚れるのは、私だけで充分だ……!」
 アーナスは柩の中のローズ・マリィに熱く語りかける。
「私はラパスと何も変わることのない、低俗で卑劣な人間なのだよ。そう……私は奴と同類だ。今の私が在るのは、多くの人々の生命を奪ってきた証拠――私は、血と殺戮の道を……ずっと歩んできた……」
 アーナスはローズ・マリィの銀の髪を一束掬い、そっと口づける。
「私は、神でも英雄でも救世主でもない……ただの……人殺しだっ……! なのに何故、皆――おまえも私に夢を託し、希望を抱き、憧れる、マリィ? 私になりたいなど、何故考えるっ!」
 アーナスは憤りをぶつけるように柩に頭を打ちつけた。
 ――マリィに剣を教えて下さらない?
 いつの日か、そう告げたローズ・マリィの姿が記憶に甦る。
 ――アーナス様と同じように剣をとって、戦いたいの!
 ローズ・マリィの真摯に輝く瞳が、自分を責めているように感じられた。
「……何故だっ!」
 ドンッ! と、アーナスは柩の端に拳を叩きつけた。
「私が間違っていたというのか? おまえに剣を教えれば良かったというのか? そうすれば……おまえは見事にラパスを殺し、自害することなどなかった、と――?」
 もう一度、柩を拳で殴る。
「……違うっ! そうじゃないっ! 修羅の道を歩み、地獄へ堕ちるのは、私だけでいいんだっ……!」
 何度も何度も、アーナスは己が拳を痛めつけた。
 拳が切れ、そこから深紅の血が流出し始めたが、そんなことなど構っていられなかった。
 拳の傷より胸を抉った心の傷の方が、より深く、鋭利で、痛い――
「これは、私の咎だ……。ローズ・マリィを殺したのは、他ならぬ――この私だ。……私の罪は、未来永劫赦されることはないっ!」
 ガツッ!
 より強くアーナスは拳を打ちつけた。
「ギルバード・アーナス・エルロラ――おまえなど、堕ちるとこまで堕ちて、地獄の業火に焼かれて死んでしまえっ……!」
 己れに対する呪詛が口を吐いて出る。
 アーナスは血に塗みれた拳を大きく振り上げた。
 憤怒と共に、それを痛め付けようとした時――
「……アーナス様」
 褐色の手がアーナスの手首を優しく掴み、それを阻んだ。
「あまりご自分を傷つけないで下さい」
 労るような、慰めるような声。
「ルーク……」
 アーナスは、自分の忠実なる少年剣士をゆっくりと見上げた。
「アーナス様がそのように嘆かれると、ローズ・マリィ様の魂が昇天しませんよ」
 静かすぎるほど静かな口調で述べて、ルークは髪を結んでいた布を解き、それをアーナスの拳に巻き付けた。
「ローズ・マリィ様の死がアーナス様の罪だというのなら――僕も同罪です。だって、僕はローズ・マリィ様を……」
 ルークの視線が、アーナスから柩に眠るローズ・マリィへと移される。
 黒い瞳が痛々しげな輝きを帯び、哀切に揺らめいた。
「……ルーク、おまえ――」
 アーナスは虚を衝かれ、驚愕の面持ちでルークを見つめた。
 ――ローズ・マリィを愛していたのか?
 言葉には出さなくても、ルークにはアーナスの言いたいことが伝わったらしい。
 彼は哀しげな微笑を口許に閃かせた。
「少し……ローズ・マリィ様と二人きりになりたいのですが、いいでしょうか?」
 ルークの視線は、安らかに眠っているローズ・マリィだけに注がれている。
 幸せそうなローズ・マリィの微笑み。
 ローズ・マリィは死の直前、何を考え、何に想いを馳せたのだろうか……?
 ……今となっては、知る術もない。
「好きにするといい。但し、馬鹿なことは考えるなよ、ルーク」
 アーナスは立ち上がり、ルークの肩に軽く手を乗せた。
「大丈夫です。ローズ・マリィ様のご冥福を祈りたいだけですから……。僕は、大丈夫」
 ルークは己れに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「ローズ・マリィ様は、僕の心の中で永遠に生き続けていますから」
 ルークは、ローズ・マリィとの秘めた想い出を温めるように胸に手を当てた。
 アーナスはルークを凝視し、それからフッと表情を緩めた。
「そう……だったな」
 不意に泣き出したい衝動に駆られた。
 ルークの言葉が心に染みる。
 ――心は、ずっと一緒に!
 ローズ・マリィの明るい笑顔が、眼前をよぎったような気がした。
 ほんの少しだけ心が救われる。
 アーナスはルークの肩から手を離し、それ以上の言及はせずに身を翻した。
 百花撩乱に彩られた祭壇を、名残惜しげにゆっくりとした足取りで降りる。
 ――ローズ・マリィは、私の裡で生きている。
「共に戦おう、ローズ・マリィ――」
 低く囁き、アーナスは霊安室を後にした。




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2009.06.18 / Top↑
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