FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.06.18[22:28]
 霊安室を出たアーナスを待ち構えていたのは、ミロだった。
 霊安室正面の壁に背を凭せかけ、腕を組み、ずっとアーナスが出てくるのを待っていたらしい。
 彼はアーナスの姿を確認すると、俊敏な動作で近寄ってきた。
「アーナス――」
 ミロはアーナスの手に血の滲んだ布が巻かれているのを見咎め、何か言おうとしたようだった。
 だが、ふと躊躇うように口を噤んだ。
「ミロ、私は……」
 アーナスは昏い眼差しで愛する夫を見返した。
 ミロの実妹を死に致らしめたのは、自分なのかもしれない、という強い悔やみが、再び心の奥からせり上がり、アーナスを苛んでいた。
「言うな、アーナス。何も言わなくていい」
 ミロがアーナスの心情を汲み取ったように、静かに首を振る。
 ミロの手がアーナスを引き寄せ、唇が額に触れた。
「……ミロ……ミロ!」
 アーナスはミロに縋りつき、力の限り彼を抱き締める。
 ミロの腕がしっかりとアーナスを受け止めてくれた。
「――さっ、行こうか、アーナス。俺たちには、こんなところで立ち止まっている猶予はないんだぞ」
 ミロが意図的に明るく述べ、アーナスの金の髪をクシャクシャと撫でる。
「時は流れている。俺たちの心には関わりなく、確実に、な」
「解ってる」
 アーナスは顔を上げ、真っ向からミロを見返した。
 ミロの言葉が何を意味しているのか、自分に何を求めているのか、アーナスにはよく解っている。
 安寧とした休息の時間など、自分たちには赦されていないのだ。
「例のものは出来上がっているか?」
 アーナスは毅然とした表情を取り戻し、戦士の声音で尋ねた。
「ああ。頼まれたものは、ちゃんと完成してるよ」
「それなら、いい。――戦の準備を進める!」
 傲然と言い切る。
「ラパスは今日か明日にでもエカレシュを攻めてくるだろう。停戦・和平条約は功を奏さなかったのだからな」
「ローズ・マリィの死によって、停戦は白紙に戻された。新たな戦だ」
 ミロが同意を示すように深く頷く。
「いや――」
 アーナスは否定の言葉を紡ぎ、怜悧な眼差しをミロへと据えた。
「新たな戦ではない――最後の戦だ」
 燃え上がるような激しい眼差しがミロを射抜く。
 何人も揺るがすことのできぬ決意が、アーナスの全身から醸し出されていた。
「これで最後だ。その次は、永遠にない!」
 アーナスの碧い双眸が氷のような冷たさを宿して、鋭く輝く。
 ――終わりにしよう、ラパス。
 アーナスは心の中で黒き魔王に囁きかけた。
 ――私はおまえ。おまえは私。似ているから、同じだから、赦せない。
 魂の双子のようなラパスの姿を脳裏に思い描く。
 目的は異なるが、どちらも胸に覆ることのない尊大な信念を抱いている。
 誰に命令されることも操られることもなく、己が手で己が道を切り開き、まっしぐらに突き進む。
 何者にも阻まれることなく、己が手で望む未来を掴み取る。
 何と似た生き様だろうか。
 互いに酷似しているから相反し、憎しみ合う。
 ――もしかしたら、ラパスになるのは私で、奴が私だったかもしれない……。
 自身を呪うように、アーナスは自嘲の笑みを唇の端に刻んだ。
 ――おまえを殺すことは、もう一人の私を殺すこと。
 運命の皮肉をアーナスは嘲笑った。
 ――それでも私は、おまえを殺すだろう。
 アーナスの胸中を、憎きラパスに対する執着心だけが埋め尽くしていた。
 それは、恋い焦がれるような情念――凄まじく歪んだ愛情に相似していた。



     「6.夏の鎮魂歌」へ続く



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ 
スポンサーサイト



 
Category * 鬼哭の大地
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.