ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 頭上に広がる空は晴天なのに、瑠櫻が剣を翳しただけで閃光が走る。
 雷は確かな意思を持って久摩利を攻撃してきた。
 雷天のみが成せる特異な業なのだろう。
「何をするの、瑠櫻っっ!?」
 雷光に撃ち抜かれる寸でのところで後方へ飛び去り、久摩利は辛うじて難を逃れた。
 双眼がはっきりとした怒りを表し、厳しく、険しく、瑠櫻を睨めつける。
 瑠櫻は、非難と驚愕の入り混じったその視線を冷ややかに受け止めた。
「警告だよ。オレ、機嫌が悪いって言ったよね? 生命が惜しければ、即刻オレの前から消えろ」
 いつもの飄然とした声音で忠告する。だが、その言葉の裏には底知れぬ怒りが含まれていた。
 久摩利にもそれは容易に感じ取れたのだろう。
「な、何を言っているの……?」
 彼女は怯んだように一歩後退った。
 しかし、彼女は僅かな時間で、本気になった雷天を相手にして勝てるかどうか試算し――そして心の裡でしたたかにほくそ笑んだ。
 まだ勝てる――と。
 自分が《久摩利》という瑠櫻の弱点であり続ける限り、勝算は我が手にある、と――
「わたくしを……わたくしを殺めるというの、瑠櫻?」
 限りなく儚く、哀しげな声で、久摩利は瑠櫻に問いかけた。
 長い睫毛を震わせ、潤んだ眼差しでひたむきに瑠櫻を見つめる。その碧い瞳から、つと涙の雫が零れ落ちた。
 瑠櫻が意表を衝かれたように軽く息を呑む。
 亡き妻の姿で涙ながらに訴える――という方法は、瑠櫻の心理に少なからず衝撃をもたらした。
 瑠櫻の怒気が彼の動揺を示すように揺らぐ。
 愛すべき妻の泣き顔を目の当たりにするのは、例えそれが偽りであろうと幻影であろうと――辛い。
「久摩利の顔をして泣くとは、卑劣極まりないね。泣き落としで、オレの隙を突けるとでも思っているのかな?」
 瑠櫻が苦々しく言葉を紡ぐと、久摩利は愉しげに微笑んだ。
「フフフ……だって、あなたは久摩利の顔をした、わたくしには手を上げられないでしょう?」
 ザッ、と久摩利が一気に瑠櫻の目前まで詰め寄ってくる。
 彼女は懐に隠し持っていた短剣を取り出すと、容赦なく瑠櫻に向けて攻撃を繰り出した。
 短剣の切っ先が瑠櫻の右腕を掠め、血飛沫を舞わせる。
「アレ? 自分の血を見るのは――随分と久し振りだね」
 瑠櫻は二の腕から噴出する血潮を無感動に一瞥し、もう一方の手で剣を操った。久摩利の二撃目を刀身で受け止め、難なく跳ね返す。
「オレ、好きな女以外には全く手加減しないけど――いいかな?」
 青緑の双眸に好戦的な輝きが閃く。
 瑠櫻はにこやかな笑みを久摩利へ贈った。
 それに対して、久摩利も負けじと艶笑を返してくる。
「あら? わたくしは、あなたの最愛の妻でしょう? 優しくして下さいまし」
「顔だけはそっくりだね。本当に……気が滅入るほど酷似してるよ。だから、さっさと消えてくれないかな?」
「フフフ……あなたにわたくしは消せないわ。わたくしを殺めることなど、あなたには無理でしょう?」
 久摩利が手にしていた短剣を手放し、両のかいなを大きく広げる。
 瑠櫻は、彼女の奇行に僅かに眉根を寄せた。
 再び心の奥底に躊躇いが生じる。
 果たして、本当に久摩利の姿をした者を斬れるのか、と――
「殺せるの、瑠櫻? この、わたくしを?」
 久摩利が瑠櫻の逡巡を察したように悠然と微笑む。
 久摩利の両手が瑠櫻へと伸ばされる。
 細く長い指が頸筋を這う。
 その手を瑠櫻は振り払うことが出来なかった。《久摩利》という幻影に呪縛されているのだ。まやかしだと頭では理解している。だが、久摩利の姿をした女が四百年振りに自分に触れているのは、何とも言えない奇妙な感覚だった。
 敵だと承知の上で、もう少し――ほんの少しだけ失ってしまった妻の顔を眺めていたいと思った。
「久摩利は――死んだ」
「いいえ。わたくしは、ここにいるわ」
「おまえは久摩利の皮を被った化け物……紛い物だ」
「それでも、この顔は久摩利のものよ。ねえ、瑠櫻、わたくしはここにいるのよ。あなたの傍にずっといるわ。そう、永遠に、ね――」
 唐突に、首に鋭利な痛みが生じる。
 瑠櫻は小さく呻き、眉根を寄せた。
「永久にわたくしと共に在れる処へ連れて行ってあげるわ、瑠櫻」
 カッと久摩利の両眼が見開かれる。
 首の痛みが増した。
 久摩利が瑠櫻の頸動脈を締め付けているのだ。女の細腕からは想像もできないほどの怪力だった。
「……く……久摩利――」
「フフッ……わたくしと――久摩利と同じ場所へ行くがいい!」
 嘲笑と共に久摩利の顔が醜く歪む。
 既に勝利を確信したのか、彼女は本来あるべき姿へと変貌を開始した。
 苦痛に霞む瑠櫻の視界の中、久摩利が形を変えてゆく――見ず知らずの女へと。


「フフフフフ……アハハハハッ! 死ね、雷天っ!」
 久摩利であったはずの女が、愉悦に残忍な笑みを浮かべる。
 女は、完全に己の顔を取り戻していた。
 それは、地天・蘭麗を殺めた白王(はくおう)に相違なかった。だが、それを瑠櫻が知る由もない……。
「冥途で久摩利に詫びるがいい! 己の不甲斐なさをなっ!!」
 白王が狂気じみた罵声を浴びせてくる。
 瑠櫻の首にかけられた白王の手に更なる力が加えられた。
 長く尖った爪が瑠櫻の頸筋に食い込み、血管を冒す。
「――つっ……!」
 生暖かい液体が首を伝い、鎖骨から胸へと滴り落ちる。
 流血に伴い意識が低迷し始める。
 瑠櫻は変わり果てた久摩利の顔を漫然と眺めた。
 ――甘いな、オレも……。
 白王の魔手から逃れなければならない、と頭では判断しているのに、身体が意のままにならない。
 ――何百年経っても、オレはおまえには甘いらしいな、久摩利……。
 ふと、自嘲が胸に芽生える。
 ――もう充分長生きしたから、別にこのまま死んでもいいんだけど……。
 白王が鬼気迫る表情で奇声を発しているが、瑠櫻の耳には五月蠅い虫の羽音程度にしか聞こえなかった。
 ――身を焦がすような色恋とか、熱い友情とか……そんなの御免なんだけどね。物凄く面倒臭いんだけどね。
 瑠櫻は瞼を閉ざした。
 脳裏に久摩利と同じ色彩を持つ女性の姿が浮かんだ。
 気の強い水の女王だ。
 ――そんなのは、迦羅紗とか綺璃とか彩雅ちゃんの領分だと思ってたんだけどね……もう一度だけ……あと一度だけ心を甦らせてもいいかな、久摩利?
 無論、亡き妻からの返事などないことを承知で、瑠櫻は胸中で問うた。
 記憶の小箱の中で、かつて誰よりも何よりも愛した女性が朗らかに微笑んだ気がした――
「さっさと死にな、雷天っ!」
 白王の口からはやかましい叫びが放たれ続けている。
「――鬱陶しいね」
 瑠櫻は口の端に微笑を刻むと、剣の柄を握り直した。
「あーあ、オレ……彩雅ちゃんに殺されるかな? 雪華で氷漬けにされるのは嫌だなぁ。アレ、オレの雷じゃ壊せないんだよね。だとしたら、綺璃に溶かしてもらうしかないけど――アイツ、絶対に彩雅ちゃんの味方だろうしなぁ」
「何を笑っている? 死地に片足を踏み入れて、可笑しくなったか?」
「いや、至極真っ当だと思うよ。妹さんを嫁に下さい――って、言ったら、やっぱ彩雅ちゃん、怒るでしょ? 怒り心頭だよね? ああ、でも、その瞬間の絶望に打ちひしがれる彩雅ちゃんの顔も見たいな。きっと、悶絶するほど苦悩に満ちていて、ゾクゾクするほど綺麗だと思うよ」
「貴様っ……あたしを馬鹿にしてるのかっ!?」
 白王は眦を吊り上げて、瞳を閉ざしながら微笑している瑠櫻を睨んだ。
「いえいえ、全っ然! ただ、どうせ殺されるなら、おまえより断然彩雅ちゃんの方がいいな――って、今、決めただけ」
 瑠櫻は笑みを深めると、軽く手首を翻した。
 白王が恟然と飛び退く。
 だが、その時には彼女の片腕は肘から先が消失していた。神速の険捌きで斬り落とされていたのだ。あまりにも鮮やかな切り口だったので、鮮血がどっと噴き出したのは彼女の着地と同時だった。
「だから、やっぱりオレの前から消えてくれるかな?」
 瑠櫻は剣を構え直すと、瞼を跳ね上げた。
 青緑の双眸に、久方振りに真摯で苛烈な光輝が灯る。
 直後、
「――瑠櫻っ!」
 凜とした女性の声が、瑠櫻と白王の世界に割り込んできた――



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2009.06.19 / Top↑
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