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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.20[11:19]
 ヒュルルルル……。
 冷たい風が、哀しみに泣くように吹いている。

「――わしが記憶に留め、語れるのはここまでじゃ。アーナス様十九歳、ミロ様二十一歳の儚い生涯じゃった」
 老人は一気に語り終え、疲れたように重い溜息を吐き出した。
 疲労を癒すように、軽く瞼を閉ざす。
 自分の話に耳を傾けてくれていた少年が何も言葉を発しないので、老人は瞼を上げて再びゆっくりと口を開いた。
「カシミア王ラパスはロレーヌを支配しただけでは満足せず、近隣諸国をも掌中にし、更に国土拡大を目論んでおる……。ゆえにロレーヌはあまり顧みられず、キールとイタールは荒廃の一途を辿って――」
 ふと、老人は言葉を切った。
「何故、泣いておる?」
 少年が双眸から涙を流し、静かに泣いていることに初めて気がついたのだ。

 ヒュルルルル……。
 風が哭く。

「……あなたは、知っていて――全てを知っていて、僕に話してくれたんですね」
 少年は改めて老人を見上げた。
 翡翠色の瞳が哀しみに濡れている。
「何のことじゃ?」
 老人は枯れ木のような首を傾げて、少年に問うた。
「あなたは全てを知っていた。僕が――誰かも。そうでしょう、アガシャ様」
 少年は縋るような眼差しを老人へと向けた。
 話の内容から、老人がギルバード・アーナスの教育係――老魔術師アガシャであることは、すぐに察せられた。
「そんな名で呼ばれたこともあったのう」
 老人が懐かしそうに目を細める。
「だが、おぬしに声をかけたのは、本当にただの気紛れじゃ」
「……僕の育ての親は、世俗から隠れるようにして東の国ルキアの山中にひっそりと暮らしていました」
 少年は唐突に自分のことを語り始めた。
「一ヵ月前――僕の十八の誕生日の時、養父母は初めて僕の出生を語り、実の両親の遺品を手渡してくれたのです……。養父母は、僕の実の伯父と伯母でした」
 少年は養父母の優しい姿を思い出し、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
 老人が先を促すように頷いたので、少年は痛みに耐えながら再び唇を開く。
「その日、養父母は突然家に侵入してきた暗殺者たちに襲われました。僕と、実の兄弟のように育った従弟は、何とか魔手を逃れたのですが……逃げる途中、従弟とは離れ離れになってしまいました。それで僕は、養父母の遺言通り、僕が生まれたというロレーヌにやってきたのです」
 少年は沈痛な面持ちで言葉を紡ぐ。
「育ての両親の生命を奪ったのは、漆黒の甲冑を身につけた――カシミア兵でした」
「カシミア兵じゃと?」
 老人が怪訝そうに眉をひそめる。
 少年は静かに頷き、左手を老人へと差し出した。
 その中指には黄金の指輪、細い手首には黄金の腕輪が填められている。
「そっ、それは――!?」
 老人の両眼が驚きのために大きく見開かれた。
「その二つの王家の紋は、まさか……!」
「養父の名は、リオン・レイクールン。養母の名は、アリシュア・レイクールン」
 少年は逡巡することなく告白した。
 翡翠の瞳が澄んだ輝きを放つ。
「おおっ……!」
 老人が感極まった声をあげる。
 少年はじっと老人を見つめ、後に続く言葉を唇に乗せた。
「父は、ミロ・レイクールン。母は……母は――ギルバード・アーナス・エルロラ」
 少年は顔を覆うフードとマスクをもどかしげに取り去った。
 見事な白金髪が風に誘われ、眩い光を放つ。
「なんと……なんとっ……!」
「僕の真実の名は、ギルバード・ロレーヌ・レイクールン。この身には、キールとイタール――二つの王家の血が流れています」
 少年は罪を告白するような口調で身上を明かした。
「……神よ。神よっ!」
 いつしか、老人の目からは涙が滂沱となって溢れ出していた。
「おおっ! その髪と瞳は、正しくミロ様から譲り受けられたもの。その美しい顔は――なんと……なんとアーナス様に似ておいでかっ……!」
 老人は少年を通して過去の思い出に触れるように、狂おしいほどに愛しく、激しく、感嘆していた。
「そんなに……似ていますか?」
 少年が控え目に老人に訊ねる。
「ええ、ええ! アーナス様に瓜二つですぞ、王子! まるで、アーナス様を見ているようじゃ」
 老人が力強く何度も頷く。
「そうですか」
 少年は『王子』と呼ばれたことと母にそっくりだと言われたことに照れ、はにかんだ微笑みを浮かべた。
「アーナス様――姫様! 姫様の大事な御子が、今、爺の前にいますぞ。なんという僥倖! なんという運命の奇蹟! ……爺も……爺も、これで心置き無く姫様の元へ行けますぞ」
 老人の感涙はますます激しいものとなる。
「――アガシャ様、包みが……!」
 少年は老人が大切そうに抱えている細長い包みに視点を当て、目を瞠った。
 布に包まれた物体が、青い冷光を放ち始めたのだ。
「おおっ! ローラが――」
 老人は青白く発光する包みを慌てて解いた。
 中から、透明な刃に青い雷光を纏った、美しい剣が姿を現わす。
 剣は自らの意志を持つように老人の手を離れ、宙高く舞い上がり、光の矢と化して少年の足許に突き刺さった。
「ローラ。自ら新たな主人を選んだか……」
 老人が納得したように満足げな言葉を発する。
「これが、神剣『ローラ』――?」
 少年は、落雷の如く美しく鮮やかに自分の傍に降臨したエルロラ神の分身をしげしげと見つめた。
 闇の女神シリアの分身――カシミア王ラパスの持つ魔剣『ザハーク』に対抗できる唯一の武器。
 少年は恐る恐る黄金の柄へと手を伸ばした。
「王子よ、ローラを取りなさるか?」
「僕は、キールとイタールの正統な王位継承者です」
 老人の確認するような問いに、少年は微笑みながらも明確な返答を告げた。
 しっかりとローラの柄を掴み、地面から抜き取る。
 ローラが一際眩い光を放ち、祝福するように少年の全身を包み込んだ。
「――『我、エルロラ、汝を祝福す』」
 少年は刀身に刻印された銘を読み上げた。
 途端にスッとローラの光が消え失せ、刃は水晶のように明澄な煌めきを取り戻す。
「エルロラの名を継ぎましたな、王子。……王子は、アーナス様と同じく修羅の道を選びなさった。ラパス王への道は、荊の道――」
「覚悟はできています――養父母が他界した時から」
 少年は深く頷いた。
「生きなされ。王子が望み、信じるままに。……かつてキールの王都だったマデンリアの中心部に、エルロラ大神殿がある。ルーク・ベイという剣士がいるはずじゃ。彼を訪ねるがよい。そこに、アーナス様とミロ様が眠っておられる」
 老人は優しげな眼差しを少年へ注いだ。
「はい。――アガシャ様も一緒ですよね?」
 少年は微かな不安を孕んだ表情で老人を見返す。
 老人はゆっくりとかぶりを振った。
「わしは一緒には行けぬのです、王子。――リオン様とアリシュア様に僅かに遅れましたが、爺もようやく姫様の傍へゆけますぞ!」
 老人が大きく天を仰ぎ見た。
「アガシャ様!」
 老人の身体が砂のようにサラサラと崩れてゆく事実に気づき、少年は愕然とした。
「ロレーヌの大地に、光あれ!」
 そう叫び終えた直後、老人の身体は一瞬にして崩れ去った。
 砂岩の上に灰のような塊だけが残される……。
「……肉体は遙か昔に滅んでいたのですね。魔術で魂を地上に繋ぎ止めていたのですね、アガシャ様。僕が姿を現し、この手にローラを受け取る日を長き間待ち侘びて――」
 少年は目を伏せ、砂岩に向かい、感謝と追悼の意を込めて頭を下げた。


 ヒュルルルル……。
 哀しげな風が、老人であった灰を導くように遠くへと運んでゆく。
 少年は自分の持つ剣を投げ捨て、代わりにローラを鞘に納めた。
 フードを被り、マスクを引き上げて顔を覆い隠す。
 少年は翡翠色の双眸で遙か前方を眺めた。
 臨む大地には、様々な人々の想いが眠り、己れの新たなる人生が待ち構えている。
 激動のロレーヌ。
 血と殺戮のロレーヌ。
 ロレーヌへと続く道は、ギルバード・アーナス・エルロラが辿った――修羅の道。
 そうと解っていてもなお恋い焦がれ、渇望せずにはいられない。
 大地と同じ名を少年に冠した母。
 伝説の英雄が死守するほど愛した大地に立ち、彼女と同じ視点から世界を見渡し、世界に挑んでみたい、と。
 生きてゆこう、この大地と人々と共に。
「行こう、キールへ――」
 少年は凛然と前を見据え、歩き始めた。
 未来へと向かって――



     《了》



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