ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「腐っても――雷神なのだな」
 水鏡の呆れと驚きが混在しているような声が背に届けられる。
「え? オレ、いつの間に腐ったことになってるのかな? おかしいな。腐った覚えは全くないんだけど――」
 瑠櫻は、白王が立っていた場所から視線を剥がすと苦笑を零した。
 刀身に付着した血液を払い、剣を鞘に納める。
「おまえが真面目に剣を操っている姿など、初めて見たぞ」
「そうだっけ? アレ、もしかして――惚れ直した?」
 瑠櫻は水鏡を振り返ると、いつもの茫洋とした笑みを浮かべた。
 それを目にした途端、水鏡が大仰に溜息を落とし、かぶりを振る。
「おまえの剣技には――な。何故……あの女に剣を向けるのを躊躇った?」
 ふと、水鏡が真摯な眼差しで問うてくる。
「さあ? どうしてだろうね?」
 瑠櫻は微笑みを湛えたまま、僅かに首を傾げた。
「ああ、強いていえばアレだね。オレが強すぎるから?」
「――は?」
 水鏡の片眉が訝しげに跳ね上げる。
「だって、オレ、本気になったら物っ凄く強いからね。少しは遊んであげないと敵さんが可哀想だろ」 
 瑠櫻が茶化したように告げると、水鏡の顔はますます不機嫌に歪んだ。
「瑠櫻など放っておいて、さっさと天空城へ向かえばよかったな……」
 水鏡の唇がブツブツと不服を唱える。
 そうかと思うと、彼女は急に険のある目つきで鋭く瑠櫻を射た。
「――まったく、あれの何処が久摩利天なのだっ!?」
 容赦のない叱責を受け、瑠櫻は微笑を苦笑いへと転じた。
 水鏡は、双子の兄と同じ切れ長の双眸でジロリと瑠櫻を睨めつけている。頗る機嫌が悪いようだ……。
「オイ、何を怒ってるんだ?」
 瑠櫻は率直に訊ねた。愛しの姫の不興を買うような言動をした覚えはない。
「別に……怒ってなんか……!」
 そうは言うものの、水鏡の口調には明らかな苛立ちと不満が滲み出ていた。
「変なヤツだな。気になるから言えよ、水鏡」
 瑠櫻はヒョイと肩を竦めると、水鏡の傍らに移動する。
 途端、水鏡のこめかみにくっきりとした青筋が浮かび上がった。
「フンッ……おまえが、久摩利天を本物かどうか見極められなかったからだ!」
 水鏡の口から激しい怒声が飛び出す。
 ――ああ……なるほどね。
 瑠櫻は心の中でひとつ頷いた。
 どの場面を何処から目撃したのか知らないが、水鏡は瑠櫻が贋久摩利にまんまと騙されたと思い込んでいるのだ。彼女の目には、贋久摩利に翻弄される自分がさぞかし滑稽に映ったに違いない。
 愛する者の真贋を見極められぬ腑抜けになったか、と――
「……見極められなかったわけじゃないさ」
 瑠櫻は微かに瞼を伏せ、ポツリと独白めいた呟きを洩らした。
「――あ? 何か言ったか、瑠櫻?」
「いや、激怒する水鏡も可愛いな、と想っただけ」
 瑠櫻は瞼を押し上げると、悪戯な輝きを宿した瞳で水鏡を見つめ、満面の笑みを贈った。
「――――!?」
 不意を衝かれたのか、水鏡がハッと動きを止め、目を瞠る。瞬く間に彼女の頬は朱に染められていった。瑠櫻と笑顔と言葉にうっかりときめいたか、羞恥を覚えたかして、激しく照れているらしい。
 そんな水鏡の反応を微笑ましく感じながら、瑠櫻はもう一度胸中でさざめいた。
 ――久摩利の偽物だと見抜けなかったわけじゃない。ただ少し……あとほんの少しでいいから……。
 愛した妻の姿を網膜と記憶に甦らせていたかった。
 もう永遠に、顔を見ることも、微笑みかけることも、腕に抱くことも叶わぬ――美しい妃の姿を。
 たとえ、それが泡沫の夢だとしても――



「あ~あ、もう何百年も雷天やってるのに、やっぱオレも……まだまだ青臭いガキだな」
「何だ、それは?」
「べっつにぃ」
 瑠櫻は己の心境を悟られぬように、わざと惚けた調子で応じる。
 ――が、すぐに真摯な視線を水鏡へ流した。
「まあ、その……悪かったな」
 短く謝罪し、また掴み所のない独特の笑顔に戻る。
「けど――おまえは本物の水鏡だろ?」
 瑠櫻がからかい半分にそう告げた瞬間、水鏡は不快も露わに思い切り顔をしかめた。直ぐさま、瑠櫻が何を言わんとしているのか理解したのだろう。
「貴様――誰と比べている?」
「え? もっちろん彩雅ちゃん!」
 瑠櫻が喜色満面に破顔すると、すかさず水鏡の拳が頭部に飛来した。
 こめかみの辺りを水鏡の拳が殴打する。
「――つっ……殴るなよっ! オレ、一応怪我人なんですけどっ!?」
「一応、な。この前、私の足が折れるまで黙って傍観していたくせに!」
「いや、だからね、あの時は、てっきり彩雅ちゃんだと――」
 水鏡の解りやすい反応が面白くて反論してみると、恐ろしいほどの速さで二撃目が見舞われた。
「兄者の髪は銀色だっ! 私と間違える方がおかしいのだ!」
 水鏡が憤然と唇を尖らせる。
「でもさ、髪は染められるし」
 瑠櫻が弾んだ声で言い返すと、水鏡は悔しげに口許を引きつらせた。
「おまえは……どうしても私を兄者にしたいのだな? いいか、よく聞け。決定的な違いで――兄者には胸がない!」
「ああ、確かにね。彩雅ちゃんに胸があったら、流石に違和感が――――ないな」
 思わず想像してしまい、瑠櫻は減なりした。
 そもそも水鏡と彩雅は、色彩以外は全く同じ顔をしているのだ。
 中性的な美貌を誇る双子。
 水鏡にあるものが彩雅にあったとしても、さして不思議でもなければ不気味でもない。
「うわっ、考えなきゃよかった……。彩雅ちゃんに逢う度に、胸元に釘付けになりそうなんですけど、オレ」
「――綺璃に灼き尽くされろ」
「あっ、ツレないなぁ……。けど、水鏡だって、あるとは言えないんじゃないのか?」
「放っておけっ!」
 水鏡が眦を吊り上げて睨みつけてくる。同時に、彼女は手を伸ばして負傷している瑠櫻の右腕を軽く摘むのだ。
「――――!?」
 声にならない悲鳴が瑠櫻の喉を通過した。無論、痛みのためだ。
「相変わらず……いい性格してるよね?」
「おまえほどではないよ、瑠櫻」
 水鏡が満足げにニッコリと微笑み、腕を離す。
 その白い手を瑠櫻は怪我をしていない左手で追い、そっと掴んだ。
 驚いた水鏡の身体が微細に震える。
 瑠櫻はゆっくりと水鏡を引き寄せると、その滑らかな手の甲に口づけを捧げた。
「主導権は水鏡か――」
「何がだ?」
 唇を離した瑠櫻が意味深に微笑むと、水鏡は照れ隠しのためか常よりも素っ気なく問い返してくる。
「結婚したら」
 間髪入れずに瑠櫻が応えると、水鏡は面食らったように頻りに目をしばたたかせた。
「…………それも――いいかもしれないな」
 しばしの静寂の後に、水鏡がぶっきらぼう言葉を紡ぐ。
 だが、口調とは裏腹に、彼女の碧い双眸は喜びと幸せに光輝いていた。



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2009.06.21 / Top↑
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