ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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  Ⅱ


 
 惑星アクア到着直後、ミシェルは大気成分調査室へと走っていた。
 専門調査員が迅速にアクアの大気を採取し、その成分データを割り出しているはずだ。
「すみませーん! データ下さい!」
 調査室へ飛び込むなり、ミシェルは大声を張り上げた。
 コンピュータに向かって作業を行っていた調査員たちが、一斉にミシェルを振り返る。
「ミシェル補佐官、わざわざ取りに来なくても端末に転送しましたのに」
 調査員の一人が呆れた眼差しを送ってくる。
「何だか落ち着かなくて。綺麗な惑星だから、気持ちが逸っちゃったんです」
 ミシェルははにかんだ笑顔を返した。
 釣られたように調査員も微笑する。
「まっ、いいですけど。ちょうど今、分析結果が出たところです。――どうぞ」
 調査員がプリンターから排出されたばかりの紙片をミシェルに手渡す。
「ありがとうございます」
 紙片を受け取るとミシェルは勢いよく身を翻し、大気成分調査室を飛び出した。
 細長い回廊を足早に歩きながら、プリントされたデータに素早く視線を走らせる。
「ミシェル! ミシェール!」
 自分を呼ぶ声に気づいたのは、回廊を右に折れた瞬間だった。
 回廊を忙しなく行き交う隊員たちの中に、カケルの姿を発見した。
「あれ? どうしたんですか、隊長」
 ものぐさ隊長が執務室から出てくるなんて珍しい。いつもなら厄介事は全てミシェルに押しつけて、自分は執務室で泰然と煙草を吹かしているはずなのだが……。
「どうもこうもない。隊員の奴ら、これからの予定を早く決めて指示を出せ、と俺を急かしやがる。おかげで、俺専用の通信回線はパンク状態だ」
 不機嫌そうに眉根を寄せ、カケルはミシェルに恨みがましい視線を投げつけてくる。
「みんな、アクアが気に入ったみたいですね。早く降りたくて仕方がないんですよ」
 一応、自分の主人なので慰めの言葉をかける。
 それからミシェルは、意地の悪い笑顔をカケルへ向けた。
「それにしても、隊長ってわたしがいないと何もできないんですね」
「俺は七面倒臭いことは嫌いなんだ。隊員の要望に一々応えてられるか」
「いつから、そんなにぐうたらになったんですか? 戦艦に乗って第一線で活躍していた頃は、鋭敏で怜悧な青年将校だったんですよね」
「そんな過去の栄光は忘れたな」
「今は抜け殻ってわけですね。――解りました。隊長には、わたしの補佐がとっても必要だってことが。ああ、わたしって、なんてマスター想いの健気で有能な補佐官なんだろう」
「黙れ。このっ、自意識過剰補佐官が! 自分を誉め讃えるのは心の中だけにしろ。――で、大気分析の結果はどうだったんだ?」
 カケルの鋭利な視線がミシェルの軽口を封じる。
 ミシェルは胸中でカケルに向かって舌を出してから、毅然とした面持ちで彼を見返した。
「空気組成は、窒素七七%、酸素二一、アルゴン〇.九、二酸化炭素〇.〇三、ネオン〇.〇〇一、ヘリウム〇.〇〇〇五、その他成分約一.〇七%です」
 ミシェルは紙片を全く見ずに、はきはきと報告した。
 さっき一瞥しただけだが、データは既に頭の中にインプットされている。目にしたものを瞬時に記憶できてしまうのも、補佐官養成学院での訓練の賜物だ。
「空気組成は地球と殆ど変わりませんし、重力にも何ら支障はありません。今すぐ、生身のままアクアに降りることができますよ」
 驚くべきことに、惑星アクアの大気は地球と酷似していた。
 ――もしかしたら、太古の地球も海に覆われたアクアのような惑星だったのかもしれない。
 ふと、そんな考えが脳裏をよぎったが、ミシェルは慌ててそれを打ち消した。
 今は碧い楽園に想いを馳せ、夢想している場合ではない。補佐官としての務めを果たすのが先決だ。着陸直後の船内は何かと慌ただしいのだから。
「軽く調査に出ますか?」
「いや、やめておこう。アクアは日没間近らしい。外は夕闇に包まれてるし、第七隊にとっては新編成後、初めての調査だ。慎重に――というか、のんびりやろう。どうせ時間は腐るほど余ってるんだしな。調査は明日からだ」
 逡巡の欠片もなく、カケルが結論を出す。
 やる気皆無の隊長だが、こういう時の決断だけはやけに早い。
 要は自分がゆったりとくつろぎたいだけなのだろうが、彼の下した判断にミシェルも異論はなかった。
 五年前に別の調査隊が訪れているとはいえ、アクアは人類にとっては未知の世界。夜の闇にどんな危険が潜んでいるのかも解らない状態だ。やはり、夜間行動は避けるべきだろう。慎重かつ余裕をもって調査にあたるのが最善の道だ。
「了解。アクアにはいつまで滞在しますか?」
「一ヶ月がいいところだろ」
「そうですね。アクアから銀河Ⅲ系ワープゲートのある宇宙ステーションまで、約二十日。そこで物資を補給するとして……食糧残量その他諸々を考慮すると、滞在は一ヶ月が限度ですね。もちろん余裕をもった計算です」
「じゃ、その計算を信じて調査スケジュールを組んでくれ。それから、船員たちへの連絡もよろしくな。夜間外出禁止もしっかり言い含めておけよ」
 端的に命令を放ち、カケルは悠然と踵を返した。
「ああ、伝達が終わったら休んでいいぞ。今夜は、船内待機だから仕事はなしだ」
「了解、隊長」
 ミシェルがカケルの背に向かって敬礼すると、彼は前を向いたままヒラヒラと片手を振った。もう一方の手は無造作に黒髪を掻いている。背後からでは見えないが、きっと口は大きな欠伸を洩らしているに違いない。これから私室へ戻って惰眠を貪るのだろう。
「やっぱり、わたしがいなきゃ何もできないんじゃないですか」
 溜息混じりに独り言ち、ミシェルは制服の胸ポケットから超小型コンピュータを取り出した。
 システムを立ち上げ、片手だけで器用にキーボードを叩く。
 物凄い速度で伝達文書を作成すると、それを全ての船員に配信した。
「惑星アクアの探索は明日にお預けか……。ちょっと残念ね」
 コンピュータを胸ポケットに仕舞うと、ミシェルは長い金髪を翻してカケルとは逆方向へ歩き始めた。


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2009.06.21 / Top↑
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