ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「ったく、休んでいいだなんて、よくも言えるわよね!」
 真夜中の船内を歩きながら、ミシェルは唇を尖らせた。
 カケルと別れて私室へ戻ってからずっと、ミシェルはコンピュータと睨めっこをしていたのだ。カケルに指示された一ヶ月間の調査予定を仔細に組み立てるためだ。明日から調査開始ならば、朝までに計画を練っておかなければならない。
 コンピュータと格闘すること数時間――ようやく一段落ついた。
 疲れの溜まった目を休め、睡魔を追い払うために、ミシェルは部屋を後にした。娯楽エリアへ向かうためだ。そこには、二十四時間営業のカフェがある。疲労と眠気のせいか、無性にコーヒーをがぶ呑みしたい気分だった。

「うちの補佐官を見なかったかい、レイラ?」
 眠い目を擦りながら通路を歩いていると、不意に耳慣れた声が聞こえてきた。
 目をしばたたかせながら顔を上げると、通路の端でラギとレイラが向き合っていた。
「ブリッジを出た後は一度も逢っていませんけれど」
 レイラが首を横に振る。
「どうしたんですか?」
 二人のやり取りを不思議に思い、ミシェルは声をかけた。
 長身のラギを見上げるが、応えたのはレイラの方だった。
「伝説の補佐官が姿を眩ましちゃったそうよ。どうせ、船長が下らないことで怒鳴りつけたんでしょうけどね」
 レイラの軽蔑の眼差しがラギに向けられる。
「オイ、人聞きの悪いこと言うな――」
「とにかく、私は知りません。では、失礼します」
 ラギの言葉を素早く遮り、レイラは颯爽とした足取りで去ってゆく。
「クリスの姿が見当たらないんですか?」
 レイラの後ろ姿を見送り、ミシェルは再度ラギに問いかけた。
 ラギが困ったように片手で自分の髪を弄ぶ。
 クリスというのは、ラギの補佐官のことだ。
 しかも、ただの補佐官ではない。
 レイラの言う通り『伝説の補佐官』なのだ。

 クリス・ユグドラシル。
 補佐官養成学院のカリキュラムを僅か一年でクリアし、若干十五歳で主席卒業した天才補佐官。
 眩いプラチナブロンドに神秘的なアメジストの瞳――顔の造形は繊細で美しく、ギリシア神話に出てくる美の女神の化身だと讃美する者も多い。
 スクルドの男連中がクリスの麗姿に見惚れ、陶然とする様を、ミシェルは幾度となく目撃している。それほどまでに端麗な容姿の持ち主なのだ。
 惜しむべきは、クリスの性別が歴とした男であるという事実だろう。
 そして悲しむべきは、彼が極端に感情の乏しい人間だという点だろう。
 喜怒哀楽というものが表情にも態度にも出ない稀有な人物なのだ。
 眉一つ動かさず、一片の躊躇もなく、彼は人を殺せるのだという。
 そんな類の噂を、ミシェルは学院に在籍していた頃から数多く耳にしていた。
 頭脳明晰・容姿端麗なクリスは、卒業してから八年近く経つというのに、未だに補佐官候補生の間では伝説の人物なのだ。

「また喧嘩したんですか?」
 ラギが口を開かないので、ミシェルは仕方なく質問を重ねた。
「ちょっとね……。あいつがオレの補佐官になって三年経つ。けれど、オレは一度もあいつの寝顔を見たことがないんだ」
「――は? どういう意味ですか?」
 ミシェルが小首を傾げると、ラギは口の端に自嘲の笑みを浮かべた。
「あいつは、決してオレより先に寝ないし、オレより後には起きないんだよ。つまり、いつ寝てるのか全く解らないんだ」
「はぁ……わたしには到底耐えられないことですけど。カケル隊長相手に、そこまで忠義を尽くせません」
 思わず本音を洩らすと、ラギが愉快そうな笑い声を立てた。
「やる気ゼロの少佐だもんな、あいつは」
「船長も同類だと思いますけど?」
「オレは、この仕事を楽しんでやってるからいいんだよ。艦隊の指揮を執るよりずっと気楽だ。カケルだって同じだろ。まっ、あまりあいつを虐めないでやってくれよ。あれでも傷心の真っ只中なんだから」
「軍法会議を引きずってるからですか?」
「その原因となったものを引きずってるから――だよ。あいつは、前の補佐官を亡くしたばかりなんだ。そのショックで、今のようにアメーバー状態に陥ってるんだよ」
「前の……補佐官……?」
 ミシェルは眉間に皺を寄せ、唸るように呟いた。
 今更だが、前任補佐官については何一つ知らないことに気づいたのだ。
 そんなことは予め調べておこうとも思わなかった。
 ラギの口振りから察するに、上官殴打事件は前任補佐官の死が要因しているのだろう。
「おっと、話題が逸れたな。カケルのことはともかく――うちの働き者の補佐官は今日、酷い顔色でブリッジに出てきた」
 ラギが素早く会話を修正する。
 ミシェルは瞬時にカケルのことを頭から締め出した。
「それで、船長は『休んでろ』とクリスを気遣ったわけですね。けれど、船長至上主義の補佐官は、頑としてそれを受けつけなかった。その後は延々と口論……ですね?」
「オレが一方的に怒鳴り散らしてただけだよ。あいつはオレに対して、決して怒ったりはしない」
 ラギが己れの失態を嘲笑うように肩を聳やかす。
「船長って意外と子供ですね。クリスを怒らせてみたかったんですか?」
「ミシェルは時折辛辣なことを言うね。君も含めて、補佐官は時にひどく冷淡で冷徹だ」
「養成学院で、耳にタコができるほど聞かされました。補佐官に必要なのは冷静な思考能力と、どんな場合でも主人を第一に考えられる鋼の心だ――と。感情の昂ぶりや他人に対する興味は、判断力の低下に繋がるから必要ない、と……。優秀な補佐官になればなるほど、わたしたちはコンピュータみたいになっちゃうんです」
「……頭では解ってるんだけどね」
「あっ、でも、わたしは規格外みたいですけどね。すぐ怒るし、喚くし、泣くし、マスターである隊長に食ってかかっちゃうし」
 ミシェルは明るく微笑んでみせた。
「ミシェルはいい子だね。クリスに見習わせたいよ。あれでも、初めて逢った時よりは人間らしくなったと思うんだけどね。けど、三年も経ったのに未だに怒らないし、笑いもしない。傍にいる人間にとっては結構ショックなんだな、これが」
「いつか、きっと船長に微笑みかけてくれますよ。だから、諦めないで下さいね」
 ミシェルは力一杯ラギを励ました。
 いつも陽気なラギがへこんでいる姿を見るのは、少々辛いものがある。普段はそんな素振りなど見せないが、彼は自分の補佐官を心底案じ、大切に想っているのだろう。
「可愛いな、ミシェルは。ほんっと、あいつもこれくらい可愛かったらいいのにな」
 ラギが笑顔を取り戻し、ミシェルの頭を大きな手でポンポンと叩く。
「じゃ、そろそろ失礼するよ。――おやすみ」
「おやすみなさい――っと、船長! 明日から調査に入りますから、今夜は女遊びを控えて下さいね!」
 立ち去ろうとするラギに、ミシェルは慌てて注意を放った。
 ラギはスクルド一の女たらしでもあるのだ。
 彼に泣かされたという女性は、この二ヶ月間で十人は下らない。それでも平然と船内で夜遊びを続けるのだから、図太い神経の持ち主である。誰に対しても本気にならないところが、また凄い。
「言われなくてもそうするよ。クリスを捜さなきゃならないしね」
 決まり悪げに笑い、ラギは今度こそ立ち去った。
「う~ん……相変わらず信憑性に欠ける軽薄な口調ね」
 ミシェルは苦々しく独り言ちた。
 調査隊を取り仕切る船長と隊長が揃いも揃って常識外れの人間だとは、先が思いやられる。


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2009.06.21 / Top↑
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