ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 クリスが何らかの感情を他人に晒すのは稀有なことだ。
 驚いてミシェルがまじまじと見返すと、クリスは口元に苦笑を閃かせた。
 ますます珍しい。
「ラギ様は、とても険しい眼差しで私を見ることがあります。あれは、憎しみ以外の何ものでもありません」
「違うと思うけどなぁ。――っと、わたしが口を挟むことじゃないわよね」
 反論しかけて、ミシェルは慌ててかぶりを振った。無闇やたらと首を突っ込んでも迷惑がられるだけだろう。
「クリスは船長のことが好きなのね」
「はい。大切なマスターですから」
 クリスの顔に微笑が刻まれる。今度は自然に零れた笑みだった。
「そういう顔を船長にも見せてあげればいいんじゃない?」
「とんでもありません。私の感情など、どうでもよいことなのです。私がラギ様の心を煩わせることがあってはならないのです。私は彼の補佐官なのですから」
 きっぱりとクリスは断言する。
 すっかり無表情に戻ってしまった彼を見て、ミシェルは大きく落胆した。
 ――これは重傷だわ……。
 この生真面目かつ優秀な補佐官は、感情を露呈することがマスターの負担になると考えているのだ。
「補佐官って、面倒で複雑な立場よね。まっ、今更しみじみ思うことじゃないけど。それより、船長がクリスを捜してたのは事実よ。せめて発信機だけでも電源をオンにしてあげたら?」
 ミシェルはクリスの耳朶に視線を注いだ。
 彼の耳にはアメジストのピアスが光っている。超小型通信機だ。
 傍目には小さく頼りないが、発信機の役目も担っている優れものだ。ピアスの片割れはラギが持っており、二人だけの通信の場合には、それで会話を交わすのだ。
 ミシェルとカケルも金のブレスレットを主従専用の通信機にしているが、使用頻度は極端に少ない。戦艦を降り、安穏とした日々に微睡んでいるせいか、ものぐさマスターは通信機の存在などすっかり忘れてしまっているようなのだ。
「船長、まだクリスのこと捜してるかもよ」
 ミシェルが言うと、クリスは思案するように首を傾げた。無意識なのか、片手は緩慢にピアスをさすっている。
「電源は入れません」
 やがて、クリスは囁くように告げた。
 ミシェルは口の端を引きつらせた。
 何もそこまで意固地にならなくてもいいと思うのだが……。
 幾ばくかの苛立ちを込めてクリスを見据えた時、
「でも、スクルドには戻ります」
 彼は静かに立ち上がった。
 月光を受けた美しい横顔には、穏やかな笑みが浮かび上がっている。
「今夜、ここで逢ったことはラギ様と少佐には内緒ですね。補佐官二人が少佐の指示を無視したなんて、由々しきことですからね」
「もし隊長にバレたら、わたしがクリスを強引に誘ったって主張しとくわ。あの人、今、腑抜けだからバレる可能性ゼロだと思うけど」
 冗談混じりに言葉を連ね、ミシェルはにっこりと微笑んだ。
「少佐の職務怠慢は、直に治りますよ。あなたのおかげで随分と元気になりましたからね」
「そんなものかしら……」
 ミシェルは肩を竦めた。
 自分のおかげだと言われた恥ずかしさが半分、言葉の内容に懐疑的な気持ちが半分――そんな複雑な心境だ。
 だが、クリスが言うのだから、カケルは以前の自分を取り戻しつつあるのだろう。
 ラギの補佐官として、彼もカケルと同じ第三艦隊に所属していたのだ。ミシェルよりもカケルについて多くを知っているはずだ。
 敏腕少佐として戦争の真っ只中に身を投じていた時代、そして補佐官を失い自暴自棄に陥っていた時――ミシェルの知らないカケルをラギもクリスも知っているのだ。ほんの少しだけ、それを羨ましく感じた。
「以前、私たちのことを『人形』だと言い放った将校がいました」
 不意に、クリスが話題を切り換える。
「嫌な奴ね、そいつ」
 唐突な言葉を不思議に思いながらも、ミシェルは力強く相槌を打った。
「自我のない、主人に忠実なだけの人形――死んでも、すぐに換えのきく便利で都合のいい人形だと言っていました」
「嫌な奴どころか、最悪。その将校、自分の補佐官が死んでも微塵も心が痛まないのね、きっと。新しい補佐官が赴任してきても、酷使して過労死させちゃうに決まってるわ」
 ミシェルは憮然と吐き捨てた。
 補佐官が人間であるということを忘れている将校なんて、最低だ。
 しかし、悲しいことに前戦に赴く将校の中には、そんな人種が多いのも事実だった。
 補佐官は自分の盾であり、自分の代わりに死んでくれるロボットだと勘違いしているのだ。
 不愉快――というよりも、報われない現実だ。
「その将校、どうなったと思います?」
「そんな薄情な将校は、悲惨な末路を辿ったに違いないわ」
「補佐官なんて幾らでも代わりのいる人形だ、と豪語した直後、彼は自分の部下に張り倒されたんですよ。全治三ヶ月の重傷でしたから、今もまだ病院の中かもしれませんね」
「えっ、隊長って、そんな熱血漢だったの?」
 ミシェルは驚愕に目を丸めた。
 クリスの話は、どう聞いてもカケルに纏わる内容だとしか思えなかった。
「当時、少佐は長年連れ添った補佐官を亡くしたばかりでしたから……。怒りを抑えられなかったんだと思います」
「うわっ、信じられない! でも、納得だわ。それで軍法会議にかけられても、降格のお咎めはなかったのね。隊長の行為は過剰だったかもしれないけど、上官の方が倫理に反すること口走ってるものね」
 ミシェルは思いがけぬ真実に仰天し、矢継ぎ早に言葉を捲し立てた。
 カケルが熱い魂の持ち主だったなんて、俄には信じられない。
「少佐は補佐官想いのとても優しい方でしたよ。いえ、今もそうだと思います」
 クリスの『とても優しい』という言葉を聞いて思わず笑い飛ばしたくなかったが、ミシェルは寸でのところでそれをグッと堪えた。
「うそ……。ホントに信じられない」
「少佐は繊細な心の持ち主なんですよ」
「せ、繊細……。繊細ねぇ」
 ミシェルは釈然としない思いで口元を歪めた。
 カケルに対する聞き慣れない見解を、どうしても素直に受け入れることができない。自分の知るカケルとはかけ離れすぎている。『冗談よね』と茶化してしまいたいのが本音だが、真摯なクリスの表情を見るととても実行には移せなかった。
「事件直後の少佐は自棄になっていましたが、今は徐々に自分を取り戻しつつあるようです。ミシェルが来てから明るくなりましたよ」
「何て言ったらいいのかしらね……。わたしは補佐官の務めを果たしてるだけなんだけど」
「少佐の元にミシェルが配属になったのは、喜ぶべきことです。あなたは『補佐官は人形ではない』ということを証明してくれる素敵な女性です」
「ハハ……隊長が繊細で、わたしが素敵――」
 ミシェルは乾いた笑い声を立てた。
 伝説の補佐官に大真面目で告げられては、返す言葉もない。とてつもない勘違いだが、敢えて指摘するのも気が引けた。
「では、私はこれで失礼しますね」
 クリスが軽く頭を下げ、辞去する。
 彼の姿が数メートル離れたところで、ミシェルははたと我に返った。
「クリス! 明日は大した調査もないから無理しないで休んでね。それから、たまには船長に甘えてみるのも悪くないと思うわ!」
「ありがとうございます」
 クリスが端整な顔を振り向かせて微笑する。
「私があなたのような補佐官なら、ラギ様も苦労しないのでしょうね。少し――羨ましいです」
 静穏な声音で告げ、クリスはスクルドの方へと引き返してゆく。
「で、伝説の補佐官に羨ましがられちゃった」
 ミシェルは慌てて海の方へと視線を戻した。
 見てはいけないものを見てしまったような、奇妙な気分だ。
「隊長が繊細で、わたしが素敵……。隊長が繊細でわたしが素敵――おかしいわ。絶対、おかしいわよ! そもそもクリスがわたしに笑いかけること自体、おかしいのよ」
 驚きと不審のために瞬きを忘れてしまった双眸で、波打つ海面を凝視する。
「ああ、クリスったら体調が悪いのに無理してたのね。人間、具合が悪いと気が滅入るものだわ。そうよ、きっと高熱があったのよ。うん、あれはいつものクリスじゃなかったんだわ。どう考えても、おかしいもん」
 強引に己れに言い聞かせ、ミシェルはようやく瞬きをした。
「船長からも言い含めてもらって、明日は必ず休養をとってもらわなきゃね」
 ミシェルは深呼吸し、遠くの海原に視線を馳せた。
 転瞬、我が目を疑った。
 心臓が跳ね上がり、呼吸が一瞬止まる。
 月光を浴びて輝く海に、人の姿を発見した。
 腰から上を海面上に突き出した状態で、その人影はじっとミシェルを見つめていた。
 明澄な光を宿す碧眼が、ミシェルを射抜く。
 突然の出逢いに、ミシェルはただひたすらに驚愕するしかなかった。



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2009.06.21 / Top↑
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