ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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    Ⅲ



 潮の匂いを乗せたそよ風が、時折頬を撫でてゆく。
 風に弄ばれる髪を片手で押さえながら、ミシェルは天を仰いだ。
 雲一つない碧空では、太陽に相当する惑星グロアが燦々と輝いている。
「アクアは今、初夏ってところですね」
「初夏だと? 真夏の間違いだろ」
 ミシェルの呟きを拾って、カケルが吐き捨てる。辟易としている声音だ。
 無理もない。先ほど計測したところ、午前だというのに気温は既に三十度を超えていた。
 そんな中を小一時間ほど彷徨っているのだ。暑さにうんざりしてしまうのも当然だった。
「初夏でも真夏でも、地球の夏よりは遙かにマシだよ。地球の夏の平均気温は三十五度。へたすりゃ四十度を超えるからね。けど、やっぱり暑いものは暑い」
 カケルの隣で、ラギが肩を聳やかす。
 猛暑にへこたれている年長者二人を見て、ミシェルは溜息を洩らした。
「二人とも歳ですね……。こんな所で突っ立ってないで、早く先に進みましょうよ! 折角、アクアに降りたんですから」
 惑星アクア唯一の大陸――三人は今、そこに広がる密林を探索している最中なのだ。
「まだ先に進むのか? 物好きな奴だな。俺たちは調査してるわけじゃないから、スクルドで待機しててもいいんだぞ」
 カケルがげんなりした眼差しをミシェルに注いでくる。
 辺境調査第七隊は、朝食後、第一回目の環境調査に取りかかった。
 だが、総指揮官であるはずのカケルは、敢えて調査班から外されている。
 カケルは二ヶ月前に隊長に就任したばかりであり、環境調査においてはど素人なのである。プロフェッショナルな調査員たちは新隊長が足手まといになることを怖れ、彼の調査班参入を断固阻止した。
 カケルの方も己れの力量不足を知悉しているのか、積極的に調査に加わろうとはしなかった。
 ミシェルが推測するに、ただのサボリ癖――真剣に調査するのが面倒臭いから喜んで辞退したとしか思えないのだが……。
 端から惑星調査に無関係なお気楽船長は『スクルドにいても退屈だから』という至極単純な理由で、ミシェルとカケルの散策にくっついてきた。
「もう少しミシェルにつき合ってあげてもいいんじゃないか、カケル。まだアクア人に遭遇してもいないしね。さっ、先に進もう」
 ラギが軽い口調でカケルを促す。
「アクア人なら海洋調査班が発見するだろ」
 カケルは渋々と足を動かし始めた。
 アクア人――彼らが何気なく口にした一言に、ミシェルの心臓はドクンと跳ね上がった。
 脳裏にミスミの姿が甦る。
 彼と遭遇したことは誰にも打ち明けていなかった。報告するほどの大事ではないと思ったし、昨夜の出来事は何となく自分の胸だけにしまっておきたかったのだ。
 ミスミとの出逢いを、自分だけの特別な想い出にしたかったのかもしれない。
 ――もしかしたら、一目惚れしたのはわたしの方かも。
 ミスミと別れてからも、ミシェルはずっと彼のことを考えていた。
 ミスミの姿が頭から離れないのだ。
 彼の姿を頭に想い描き、彼の言葉を反芻するだけで、ミシェルの心は騒ついた。
 気がつくと、恋をした時のような昂揚感が胸を占拠していた。
「何してるんだ? 先に進もうって言ったのは、おまえだろ。突っ立てないで、さっさと追いつけ!」
 不意にカケルが振り返り、嫌味混じりの罵声を投げてくる。
 ミシェルはハッと我に返り、慌ててカケルの元へ駆け寄った。
 ――ミスミのことだけに意識が集中しちゃうなんて、補佐官失格ね。
 胸中で自省し、ミシェルはミスミのことを強引に頭から締め出した。
「緑がいっぱいですね」
 カケルの隣に並び、失態を取り繕うようににっこりと微笑んでみせる。
 それを見て、カケルはフンと鼻を鳴らした。
「見りゃ解る。大体、ここはジャングルなんだから緑が溢れていて当然だ」
「ロマンがないですね。こんなに茂ってる緑なんて、地球ではお目にかかれないんですよ!」
「そうだね。昔、士官学校の授業で観たな、遙か昔の地球の映像。大昔の南国っていうのは、こんな感じだったらしいね」
 ラギが物珍しそうに周囲を眺める。
 南国というのは、かつて存在していたハワイ諸島などのことを指しているのだろう。
 もう何世紀も前に、それらの島々は地図上から消滅していた。二十世紀末から急激に加速した地球温暖化。その影響で小さな島々は海に呑まれ、更に数世紀後には島々を呑み込んだ大海自体が砂の海と化したのだという。
 砂漠化に見舞われる以前の南国諸島は、青い海に囲まれた美しい島々だったと聞いている。
 このアクアのジャングルのように、大自然に満ち溢れた島だったのだろう。
「こんなに綺麗なら、クリスも連れて来てあげれば良かったな」
 濃い緑の葉を風にそよがせる木々を見上げ、ラギがポツリと呟く。
「ダメですよ。クリスは体調が悪いんですから。回復してから、二人で散策すればいいじゃないですか」
「何だ、おまえのクールビューティーな補佐官は、またぶっ倒れたのか?」
 カケルがからかうような視線をラギに送ると、彼は憮然と頷いた。
「今朝、三十九度の高熱があったから休ませた。外出の件を伝えたら『一緒に行きます』って言い張って、説得するのが大変だったんだからな。どうして、あいつはあんなに強情なのかな……」
 ラギの唇から重々しい溜息が洩れる。
「クリスが頑固なのは、常におまえのことを第一に考えてるからだろ。あれの性分は簡単には治らなそうだし――大変だな。まっ、美人で優秀な補佐官を貰ったんだから、その辺は我慢しろよ。お互い譲歩し合えば、何とかなるだろ」
 カケルが意気消沈しているラギの肩を慰めるようにポンと叩く。それから彼はミシェルに視線を転じ、意地悪な笑みを浮かべた。
「うちのじゃじゃ馬なんて、ある意味クリスより大変だ。俺の話に耳を傾けないし、命令は無視するし、何よりうるさい。不満があると、すぐ怒鳴るし、殴る。美人でも優秀でもない上に胸はまな板なのに、だ」
「うわっ、自分の補佐官けなすなんて最悪!」
 ミシェルは怒りに眦を吊り上げ、カケルを睨めつけた。
 カケルの顔にニヤけた笑いが張りついてるのを見て、更にムッとした。カケルの脇腹を肘で小突き、彼に向かって思い切り舌を出してやる。
「ホラ、いつもこんな感じだ」
 カケルが渋面をラギに向ける。
 ミシェルはそんなカケルを無視して、
「あっ、あそこに綺麗な花が咲いてますよ!」
 わざとらしく弾んだ声をあげると、軽快に駆け出した。
 間近に、青と黄色の花びらを持つ大輪の花を発見したのだ。鮮やかな色彩が、涼やかな雰囲気を醸し出している。
「オイ、迂闊に触るなよ。人喰い花かもしれないだろ」
 背後からカケルの注意が飛んでくる。
「何でも『人喰い』にしないで下さい!」
 カケルに苦笑を返してから、ミシェルは巨大な花びらに向かって手を伸ばした。
 転瞬、黄色の花びらが大きく揺れた。
 次いで青い花びらも激しく震える。
 ミシェルは反射的に手を引っ込めた。
 花びらの影から細長いものが鎌首を擡げてきたのだ。
 猛禽類の鋭い眼光が、ギョロリとミシェルを一瞥する。
 瞬時、ミシェルはそれが花ではないことを悟った。
 ――鳥だ!
 ミシェルが飛び退くのと、鳥らしき生物が大きく羽ばたくのが同時だった。
 豪快な羽音を立てて、鳥は大空へと飛翔してゆく。
 青と黄色の二対の翼を持つ巨鳥だ。尾には、雄の孔雀のような上備筒がついていた。
 美麗な飾り尾を靡かせて四枚羽根の鳥は天高く舞い上がり、あっという間に視界から消えた。
「大丈夫かい?」
 ラギが心配そうにミシェルの顔を覗き込んでくる。
 ミシェルは目を丸めたまま頷いた。
「平気です。ビックリしただけですから」
「今の鳥、翼が二対もあったぞ。太古の地球に似ていても、進化の過程と生態系は全く別物なんだな。生態系調査班が喜びそうな惑星だ」
 鳥が消えた空を見上げながら、カケルが驚嘆の声を洩らす。やる気皆無の隊長でも珍しいものは珍しいし、調査班のことも一応は念頭に入れているらしい。
「人喰い花じゃなくて残念でしたね」
 ミシェルが冗談めかして言うと、カケルは面白くなさそうに舌打ちした。
「どんな生物が棲息してるか解らないんだから、調査班からのレポートが上がるまで無闇やたらとその辺のものを触るな」
「りょーかい!」
 ミシェルが微笑みながら敬礼すると、カケルはますます不機嫌そうに口をへの字に引き結んだ。
 怖い顔のまま散歩を再開する。
 その時、ふとミシェルの耳に微かな物音が届いた。
 草木が風にそよぐ音に混じって、唸るような機械音が響いている。
「隊長、船長――動かないで下さい」
 素早く周囲に目を配る。
 聴覚を研ぎ澄ますと、やはり機械音が聞こえた。
 しかも、物凄い速度でこちらへ近づいている。
「どうした?」
 カケルが怪訝な表情でミシェルを見る。
「機械音というかエンジン音が聞こえます。エアバイクじゃないかと思うんですが――」
「ジャングル調査班かな?」
「違います」
 ラギの言葉を即座に否定する。
「調査班はアクアの生物を驚かさないよう、エアバイクは使用していません。これは、わたしたち以外の何者かです」
 推測を披露する間にもエンジン音は接近しつつあった。
 ミシェルは腰のホルダーからレーザー銃を取り出し、ロックを解除した。
 頭の中で警鐘が鳴り響く。
『ウミノヒト、イナイ。ココ、キケン』
 昨夜のミスミの言葉が脳裏を巡る。あれは、明らかに警告だった。
「オイ、どういうことだ?」
「オレたちの他にもアクアに来てる奴らがいるってことかな?」
 カケルとラギが、迫るエンジン音に強い不審を示す。
「さがって下さい、二人とも!」
 ミシェルは厳しい口調で言い放った。
 マスターを護れ。
 補佐官養成学院で叩き込まれた本能が働く。
 突如として、間近の茂みが激しく揺れた。
 急激に大きくなるエンジン音。強い風が吹き荒れる。
 ミシェルは瞬き一つせずに、茂みの中から出現したモノを見据えた。
 地上一メートルほどのところに浮かぶ、銀色のエアバイク。
 それを操るのは、額に縦型の第三の目を持つ異星人だった。
「隊長、三つ目です!」
 叫んだ途端、ミシェルのすぐ傍をレーザーの赤い光弾が走り抜けた。



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2009.06.21 / Top↑
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