ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 夢を見ていた。

 微睡みは浅く――故に夢の世界は奇妙な現実感を伴って、彼の前に現れた。
 ふと気がつくと、見慣れた城の回廊を歩いている自分がいた。
 天空城だ。
 天王の側近として毎日のように登城していたのだ。見忘れるはずなどない。
『おはようございます、紫姫魅様』
 擦れ違う女官たちがにこやかに会釈する。
 それらに微笑を返して王子、紫姫魅は先へと歩を進めた。
 天王以下、数名の者しか立ち入ることの赦されぬ扉を悠然と引き開ける。
 紫姫魅は躊躇うことなく室内に足を踏み入れた。
 豪奢な居室が視界に飛び込んで来たが、それには全く興味を示さずに室内を突っ切る。最奥にある扉を彼はまたしても無断で開いた。
 彼の目的はそこにあるのだ。
 後ろ手に扉を閉め、紫姫魅は室内に侵入した。
 軽く周囲を見回し、呆れたように溜息を洩らす。
 部屋の主役である天蓋付きの寝台は、綺麗に整えられたままだ。使用された痕跡は微塵もない。
 当然、寝台の持ち主の姿もそこにはなかった。
 寝台から少し離れた場所にある翡翠の卓上には、果実酒の入った瑠璃の杯と酒瓶が無造作に置かれている。
 そして、卓の脇に位置する天鵞絨の長椅子に、この寝室の主人がしどけなく横たわっていた。
 夜着を纏っただけの簡素な出で立ちで、無防備な寝顔を晒している。
 帳も降ろさずに眠りに落ちたらしく、大きな窓からは朝の光が射し込んでいた。
 黄金に柑橘の雫を溶かしたような不思議な色合いの髪は、長椅子に収まりきらずに優美に床に垂れていた。
 朝の光を浴びて幻想的な煌めきを放っているのが、妙に美しい。
『……これが、天界の象徴の姿とは、な――』
 再度嘆息して、紫姫魅は足音を立てぬように注意を払いながら長椅子へと歩み寄った。
 その場に膝を着き、眠っている青年の顔を覗き込む。
 瞳を閉じていても彼の美貌が翳ることはない。思わず見惚れてしまいそうになるほど類い稀な麗容を誇っていた。
 昏々と眠り続けているこの青年こそが、天界を統治する《天王》であった。
『――天王?』
 呼びかけるが応えはない。
 酒精を摂取したことで、深い眠りに囚われているのかもしれない。
『天王……』
 そっと慈しむように口ずさむ。
 紫姫魅は片手を伸ばし、天王の髪に指を絡ませた。柔らかい髪の感触が伝わってくる。
『天王――久那沙……』
 恋人にでも囁くような切ない声音で繰り返し、紫姫魅は手の中の髪を優しく愛撫した。
 久那沙(くなしゃ)――今では、知る者は殆どいない天王の真名。
 捨て去られた名を唇に乗せると、紫姫魅の胸は締めつけられるような痛みを発した。
『久那沙……我が生涯、無二の友――』
 紫姫魅は僅かに身を乗り出すと、手にした髪に口づけを捧げた。
 天王が《天王》となるずっと以前から、いつも一緒だった。
 戦では常に肩を並べ、時に背中を護り合い――生きてきた。
 掛け替えのない大切な存在。
 己の持てる全てを賭してでも護り抜きたい、至高の輝石だ。
『天王となった今でも、私を友と思うのならば――』
 紫姫魅は一度言葉を切り、痛切な眼差しで天王の寝顔を眺めた。
 やがて何かを払拭するように瞼を閉ざし、天王の姿を遮断する。
『どうか――私を殺してくれ』
 苦悩の響きしか感じられない口調で吐き出し、紫姫魅は天王の額に唇を落とした。
 唇を離した刹那、
『その言葉――本気か?』
 不意に耳元で声がした。
 紫姫魅は驚愕に瞼を跳ね上げた。
 いつの間に目覚めたのか、天王の黄昏色の双眸がじっと紫姫魅を見上げていた――



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2009.06.22 / Top↑
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