ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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   Ⅳ

 
 
 宇宙船スクルド内に存在するメディカルセンター。
 その一室に、カケルはミスミを抱えて飛び込んだ。
 メディカルセンターを総括する医師――ドクター・イブリスの診察室だ。
 だが、室内に主の姿はない。
「ドクター・イブリス、いるのか!?」
 部屋の隅にあるベッドにミスミを横たえながら、カケルは叫んだ。
「ドクター、急患だよ」
 ラギが部屋の奥にあるドアをノックする。彼はブリッジに直行せずに、カケルについてきたのだ。
 短い静寂の後、奥のドアが開く。
「は~い、あたしに何か用かしら?」
 白衣姿の女性が現れた。
 ドクター・イブリスだ。
 イブリスは、如何にも『今まで居眠りしてました』というように大きな欠伸をし、赤味がかった金髪を手で掻き上げる。
 目を擦った後、彼女はようやくラギの姿を認識した。
「あら、船長。いつもながら男前ね。今夜、一緒に食事でもどう?」
 ミニスカートから伸びる見事な脚線美をひけらかし、イブリスがラギに迫る。
 それを見て、カケルは口元を引きつらせた。
「オイ――」
 呼びかけるが、イブリスの鋭い一睨みによって呆気なく黙殺された。
「ドクター、今、それどころじゃないんだけどね。それにオレ、今夜はもう予約済み」
 ラギが曖昧な笑みを浮かべ、イブリスの身体を引き離す。
「あら、残念ね。じゃあ、たまにはクリス補佐官を貸してよ。あの綺麗な顔、見てるだけでゾクゾクするのよね」
「鄭重にお断りするよ。ドクターの毒牙にかかったら、あいつの自我が崩壊しかねないからね」
 イブリスから逃げるようにして、ラギがカケルの傍に戻ってくる。
「オイ、色気振りまくのは後にしろ」
 カケルは苛立たしげにイブリスを見遣った。
 イブリスが妖冶な微笑みを返してくる。
「あらら、隊長もいたのね。怖い顔してるわよ。折角のハンサムが台無しね。あたし、隊長の顔、とーっても好きなのに」
「誰構わず色仕掛けするのはやめろ! 第一、俺とラギに愛想振りまいてもしょうがないだろ。ついでに、その甘ったるい喋り方も気味が悪いからやめてくれ」
 カケルがうんざりした口調で告げると、イブリスは不満げに唇を尖らせた。
 一拍の間を措き、彼女の柳眉が跳ね上がる。
 唇からは忌々しげな舌打ちが洩れた。
「ハイハイ。あんたたち誘惑しても、何の得にもならないわね。からかう気も失せるってもんだわ」
 口調がサバザハとしたものへ一転する。
「――で、急患は?」
 さっきまでの甘い雰囲気が嘘のような粗雑さで告げ、イブリスは大股で歩み寄ってきた。
「ベッドに寝かせた」
 カケルがベッドを指差すと、イブリスは視線をそちらへ向け、大仰に肩を聳やかした。
「あーら、中々の美形ね――って、アクア人じゃないの。あたしに異星人を診ろって?」
「できないことはないだろ」
「あたし、内科系嫌いなのよね。もっと、傷口パックリバッサリ、血がドバドバッていう患者の方が好みなんだけど。ねえ、噴き出す鮮血って、最高だと思わない?」
「思うわけないだろっ。相変わらず、医師免許を剥奪してやりたくなるような女だな。患者に好きも嫌いもない。とっとと診療しろ!」
 カケルはイブリスの襟首を掴むと、強引に彼女をベッドサイドまで連れていった。イブリスのお喋りにつき合っていると事態が一向に進展しないし、苛々が募るだけだ。
「怒りっぽい男って、最悪。欲求不満は早めに解消した方がいいわよ。何なら、あたしが一晩つき合ってあげても――」
「いいから、診察しろっ!」
 掴んでいた白衣を乱暴に手放し、カケルはイブリスから遠ざかった。会話をしているだけでも疲れる。
「了解。たまには仕事もしないとね」
 イブリスは渋々といった感じで言葉を紡ぎ、ミスミの額に手を伸ばした。
「熱はないわね。この子、どうしたのよ?」
「解らん。海から出てきてしばらくしたら、急に倒れた」
「あっ、そう。じゃ、問題ないわ」
 淡々と述べ、イブリスが身を翻す。
「こんなに顔色が悪いのに、問題ないってことはないんじゃないかな、ドクター」
 ラギが抗議と不満の相俟った眼差しをイブリスへ向ける。
 だが、彼女はそれを無視して奥の部屋へと戻ってしまう。
 カケルとラギは顔を見合わせ、肩を竦めた。
 イブリスの考えることは全く理解できない。
「問題ないのよ」
 一分と経たないうちに、イブリスが再び姿を現す。
 その両手には、ミネラルウォーターのペットボトルが三本も抱えられていた。
「これは貧血みたいなものなの。貧水――ってヤツね」
 ベッドにペットボトルを並べ、イブリスはミスミの顔を両手で挟んだ。
「お水、持ってきてあげたわよ。一人で起きられる?」
「……ミズ? ミズ……ノム」
 ミスミの瞼がゆっくりと開く。彼はイブリスに支えられながら上体を引き起こした。
 イブリスがペットボトルの蓋を外し、手渡すと、ミスミは従順にそれを受け取った。
 そうかと思うと、物凄い勢いで水を呑み出す。瞬く間に一本目が空になる。彼は、すぐに二本目も空け、三本目も驚くべき速さで呑み干した。
 全ての水がミスミの体内に消えた頃には、彼の顔色はすっかり良くなっていた。
「もう大丈夫ね?」
 イブリスが問うと、ミスミは大きく頷いた。
「水を呑めば治るものなのか?」
 カケルは唖然とミスミを眺めた。
 ミスミの一気呑みは凄まじいものがあったし、たったそれだけのことで体調が良くなるとは驚異だ。
「アクア人にとって、水は生命そのものなのよ。彼らの生態なんて知らないけど――大抵の不具合は水を呑めば治っちゃうの。これぞ神秘、ね」
 空になったペットボトルを部屋の隅に放り投げながら、イブリスが唇に妖艶な弧を描かせる。
「ドクターは、どうしてソレを知ってるのかな?」
 ラギが疑問を投げると、イブリスはわざとらしく目を丸めて見せた。
「あたし、五年前にもアクアに来てるのよ。あんたたち、知らなかったの? 隊長と船長のくせに頼りないわね」
「ほっとけ。船員の経歴なんて一々チェックしてられるか!」
 カケルが邪険に睨みつけると、イブリスは素知らぬ顔でミスミに視線を戻した。
「久しぶりね。えーっと、あんたは確か……ミスミだったかしら?」
「ドクター、イイヒト。ミズ、アリガト」
「礼なら、あっちの怖いお兄さんたちに言いなさいよ。あんたを助けるために血相替えて飛び込んできたんだから」
 イブリスがカケルとラギを指差すと、ミスミは顔をこちらに向けてきた。宝石のような煌めきを放つ瞳が、カケルとラギに交互に配られる。
「アリガト」
 純朴な感謝の言葉と同時に、ミスミの顔に鮮やかな笑みが広がる。
「いや、ミスミはミシェルを助けてくれたしな。お互い様だ」
 無垢な笑顔に多少たじろぎながら、カケルはぶっきらぼうに応じた。
「オタガ……サマ?」
 意味が解せないのか、ミスミは頻りに首を捻っている。
 しばし瞬きを繰り返した後、彼は考えることを放棄したのか、急に室内をキョロキョロと見回した。
「ミシェル……イナイ?」
「ああ、あいつなら後から来る」
「そういえば、補佐官二人は何やってるのかな? ディス人の死体は十体くらいだったはず……。隠すのに、そんなに時間はかからないと思うんだけどな」
 ふと、ラギが顔を曇らせる。
 彼は左耳のピアスを何度か指で弾き、更に顔をしかめた。
「あれ? 変だな。通信機、調子悪いみたいだ。ノイズしか聞こえない」
「おまえ、クリスにきつく当たりすぎるから、嫌われて電源切られてるんじゃないのか?」
 カケルが冗談めかして言うと、ラギはピアスから手を離し、溜息を落とした。
 カケルとラギは、士官学校の同期生だ。
 以来、腐れ縁なのか同じ部署に配属になることが多かった。いつの間にか、傍にいることが当たり前となっている。
 だがそれでも、カケルにとって未だにラギは不可解な男でもある。軽々しい口調と軽薄な態度で自分を飾り、本心を隠す――それがカケルの知っているラギだ。
 そんなラギだが、クリスにだけは厳しく接し、怒鳴り散らしたりするのだ。
 カケルとしては、友人のその変化を『進歩』として受け取っているのだが……。
「あら、表が騒がしいわ」
 イブリスの声で、カケルはハッと我に返った。
 イブリスの訝しげな眼差しがドアに注がれている。
 釣られるように、カケルもそちらへ視線を転じた。
 部屋の外――廊下から喧噪が聞こえてくる。こちらに接近しているようだ。
「何かあったのか?」
 カケルは眉根を寄せた。
「ドクター・イブリスッ!」
 僅かに遅れて、聞き慣れた声が耳を掠めた。
「何だ? うちのじゃじゃ馬じゃないか」
「確かにミシェルの声だね」
 ラギが不安げにドアを見つめる。
「ドクター、お願い! 早く出てきてよっ!!」
 焦燥、苛立ち、嘆願――様々な感情を含んだ叫びが廊下から伝わってくる。
「お願い、クリスを助けてっっ!!」
 一際甲高い悲鳴が迸る。
 刹那、ラギが俊敏に部屋を飛び出した。


     *



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2009.06.22 / Top↑
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