ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ミシェルは、メディカルセンターの中を駆けていた。
 真横には、自動走行式ストレッチャーが併走している。
 その上には、血塗れのクリスが横たわっていた。顔は死人のように青ざめている。
 クリスを担いでスクルドに戻るなり、ミシェルはメディカルセンターへと急いだ。ストレッチャーを勝手に拝借し、ドクター・イブリスの診療室を目指す。
 途中、ミシェルの喚き声に驚いて衛生員が声をかけてきたが、応じる余裕は微塵もなかった。
 クリスを死なせたくない一心で焦っていた。
 傷口からの出血は衰えることなく続いているのだ。
「お願い、死なないで……!」
 懇願を込めて言葉を紡ぐ。
 直後、前方のドアから人影が飛び出してきた。
「ミシェル、どうした?」
「クリスはっ!?」
 カケルとラギが鋭い声を投げてくる。
 その背後にはイブリスの姿もあった。
「隊長! クリスが……クリスが――」
 ミシェルは慌ててストレッチャーを止めた。強張る顔でカケルたちを見つめる。
「クリスッ!」
 ラギが一目散にスチレッチャーへと駆け寄る。
 凄惨なクリスの姿を目にした途端、ラギの唇から言葉にならない呻きが洩れた。愕然とした眼差しがクリスに注がれている。
「クリス……オレだ。しっかりしろっ!」
 焦燥と怒りが混ざった声で、ラギは必死に呼びかける。
 激しい口調と逼迫した眼差しが、彼の動揺を表していた。いつもの軽薄な雰囲気は完全に消え失せている。
「頼む、返事をしてくれっ!」
 初めて目にするラギの取り乱した姿に、ミシェルはいたたまれない気分に陥った。
 クリスはミシェルを危険に晒さないために、自ら身体を張ってくれたのだ。そして、酷い怪我を負った……。自責と自己嫌悪が沸々と込み上げてくる。
「何があったんだ?」
 カケルが気難しい表情でミシェルの肩を掴む。
 彼の顔を認識するなり、張り詰めていた気が緩んだ。
 不覚にも、瞳からボロボロと涙が溢れ出す。
「ディス人が……ディス人が生きていて――クリスを撃ったんです」
 涙声で報告すると、カケルは眉間に皺を寄せた。
 慰めるようにミシェルの肩を二度叩いてから、イブリスを振り返る。
「ドクター、早く診てやってくれ」
「言われなくても解ってるわよ。――ああ、コレよ、コレ! あたしが診る患者は、これくらい派手じゃなきゃね。フフッ、素敵な流血だわ。ゾクゾクするわね」
 イブリスが心底嬉しそうに双眸を輝かせ、ストレッチャーに近寄る。
「ふざけるなよ、ドクター。サディスト振りを発揮してクリスに妙なことしたら、一生恨んでやる!」
 喜色を滲ませてクリスを検分するイブリスを、ラギが鋭く睨む。
 イブリスはラギの剣幕に気圧されたように、ヒョイと肩を竦めてからクリスに手を伸ばした。
「あらら、弾痕じゃない。随分と旧時代的な銃で撃たれたものね。失血が酷いわ。――衛生員、輸血の用意よ。至急、A型血液を準備して!」
 クリスの傷に熱心な視線を注いだまま、イブリスは大声で指示を飛ばした。様子を窺っていた衛生員のうち、数人が素早くどこかへ姿を消す。
「ちょっと失礼」
 徐に、イブリスはクリスの身体を横向けにした。
 クリスの口から苦悶の呻きが零れる。
「ドクターッ!!」
 すかさずラギが非難の声をあげる。
「大丈夫よ。背中を診るだけだから。――と、酷いわね。弾が貫通してないわ。骨にめり込んだのかしら? 弾が体内に残ってるだけじゃなく、鎖骨も折れてる可能性があるわね。レントゲン撮って、すぐに手術ね」
 イブリスはクリスの身体をそっと元に戻すと、衛生員たちが運んできた輸血器具を手早くセットした。
「助かるんだろうな?」
「あたしを誰だと思ってるの? 医学界にこの人在りと謳われる、ドクター・イブリス様よ。旧時代的な手術から最新式の手術まで、医学の全てを網羅してる天才ドクターなんだから、安心して任せなさいよ、船長」
 妖艶な笑みを浮かべ、イブリスはストレッチャーの自動操縦スイッチを押した。
 走り出したストレッチャーを見て、ラギが慌ててクリスの手を握る。そのまま彼の姿はストレッチャーとともに廊下の角を曲がり、消えた。
 その後を衛生員たちがゾロゾロと連なり、イブリスが悠然と最後尾につく。
「ド、ドクター、クリスをよろしくお願いします!」
 ミシェルは涙を流したまま、イブリスの背に向かって頭を下げた。
「あなたの応急処置のおかげで、失血も最小限に留まってるから大丈夫よ。後は、このドクター・イブリス様に任せなさい」
 イブリスからは軽やかな声が返ってくる。
 彼女の白衣が視野から消えたところで、ミシェルはようやく顔を上げた。
「あんまり泣くと、顔がむくんでブサイクになるぞ」
 カケルが溜息混じりに言葉を吐き出す。
「でも、クリスはわたしを庇ってくれたんです」
「泣いても目が腫れるだけで、肝心なまな板は膨らまないぞ」
「クリスが助かるなら、そこは抉れてももいいです……。だって、船長……物凄く怒ってましたよね?」
 ミシェルは涙を拭いもせずに上目遣いでカケルを見つめる。
 再びカケルが溜息を落とした。
「怒ってるのは、おまえに対してじゃないだろ。クリスをあんな酷い目に遭わせたディス人に対してだ。あまり気にするな」
「そう言われても……気になります」
 ミシェルは情けない声を洩らした。
 アクアに降り立つ前までは補佐官としての使命感に燃えていたはずなのに、今は気力が萎えている。
 己れの未熟さと脆弱さに、忸怩たる想いを抱かずにはいられなかった。
「クリスのことはドクターに任せるしかないだろ。俺たちが騒いだって、クリスの役には立たないからな。それより、他にもっとすることがあるだろ? ディス人の動向も気になるし、場合によってはアクアから離脱しなきゃならない」
「……そうですね」
 ミシェルは半ば項垂れるようして頷いた。
「ミシェル、ナク、ダメ」
 ふと、間近でミスミの声がした。
 視線を上げると、彼の碧い瞳がじっとミシェルを見つめていた。
「ミシェル、ボクノ、リュミナ。ナク、カナシイ」
「身体、大丈夫だったのね?」
 ミシェルが問うと、ミスミは柔和な笑みを浮かべた。彼の片手が、慰めるようにミシェルの肩を抱き寄せる。
「ホラ、ミスミも泣くなって言ってるだろ。ただでさえまな板なのに、それ以上抉れたら、からかうところがなくなる。いつまでもメソメソするな。――行くぞ」 
 いつもの横柄な口振りで告げ、カケルが身を翻す。
 今後の予定を立て直すために、執務室へ戻るのだろう。船内で待機している船員たちに現状を知らせ、指示を出さなければならないのだ。
 起こってしまった出来事を延々と引きずり、嘆き悲しんでいる暇はない。
「は、はい、隊長!」
 ミシェルは慌てて涙を拭い、精一杯の笑顔を造った。


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2009.06.22 / Top↑
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