ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
     *


 執務室の巨大モニターに色鮮やかな文字が映し出される。
 見知らぬ文字を見て、ミシェルは僅かに目を眇めた。
「ディスク、読み込むことはできますね。何て書いてあるのかは、さっぱり解りませんが」
 モニターの中央で踊る文字は判読不能だ。ディスクの製造会社かシステムそのものの名称なのだろうが、当然の如く意味は解せない。
「翻訳プログラムを使えば楽勝だろ。Ⅱ系の言語は殆ど訳せるはずだ」
 長い足を机の上に放り出した態勢で、カケルが煙草を吹かす。
 銀河系と銀河Ⅱ系は、長い間戦争を繰り返している。
 その間、太陽系同盟軍はⅡ系言語の解読と翻訳システムのプログラミングに力を注いできた。無論、敵の通信を傍受し、暗号を解読するためだ。
 左遷以前、最前線で艦隊指揮を執っていたカケルのコンピュータには、軍諜報部が苦心して開発した翻訳システムがインストールされているのだ。
 ミシェルはものぐさ主人の替わりにコンソールを操作し、翻訳システムを起動させた。
 瞬く間に、読めなかった文字が英語へと変換されてゆく。
 ディスクには幾つかのファイルが保存されていた。
「ディス星政府の機密文書みたいですね。こんなに簡単に開けちゃっていいのかな? プロテクトかかってないみたいですよ」
「奴らも、アクアで太陽系の人間に遭遇するとは思ってなかったんだろ。幸運だと思って、遠慮なく開けばいい」
 カケルが紫煙を燻らせながら淡々と述べる。
「了解。えーっと……《ワープゲート新設》《衛星マゼンダ調査報告》《イダヴェル星系軌道変異について》――何でしょうね、コレ? 軍本部が知ったら喜びそうなネタかもしれませんけど、とりあえず今はアクアについての情報を見つけることが先決ですね」
 ミシェルは残りのファイルを素早くチェックした。
「あっ、ありました! 《水の惑星――水棲人捕獲計画》って、きっとアクアのことですよね。それにしても、捕獲って何なのよ、捕獲って」
 訳された言葉に怒りを覚えながら、ミシェルはそのファイルを開いた。
「ミツメ、キライ」
 ミシェルの怒りに感応したのか、背後でミスミが呟く。
 彼はミシェルの傍を離れようとせず、カケルの執務室までついてきたのだ。今は、ミシェルの背後に立ち、両手をミシェルの首に回すような形で絡みついている。
「随分と気に入られたみたいだな」
 ミシェルとミスミに視線を流し、カケルが愉快そうに笑う。
 ミシェルは困惑気味に唇を尖らせた。
 好意を抱かれることは嬉しいが、彼はアクアの住人で自分は銀河系の住人だ。
 いずれ別れが訪れる。それを考慮すると、あまり親しくするのも気が引けた。親密になればなるほど別れが惜しく、辛くなる……。
「ミシェル、スキ」
 ミシェルの心情など全く意に介していない様子で、ミスミが屈託なく微笑む。
「ミシェルに惚れるなんて、奇特な奴だな。――っと、ファイルが表示されたぞ」
 カケルがニヤけた笑いを浮かべたまま視線をモニターへ戻す。
 モニターには、翻訳し終えたファイルの中身が表示されていた。
 銀河Ⅱ系の全体図だ。
 キーボードを操作すると、画面はディス星が属するイダヴェル星系図に切り替わった。太陽に相当する惑星イダヴェルと、その周囲を取り巻く六つの衛星が映し出される。二番目の衛星がディス星だ。
「何なんだ、コレ?」
 カケルが眉間に皺を寄せ、首を捻る。
 モニターはイダヴェル星系の公転軌跡を映し続けていた。
 六つの衛星が惑星イダヴェルの周りを一巡すると画面が暗転し、また似たような動画が繰り返される。
「あっ、わたし、解りました!」
 しばしモニターを見つめた後、ミシェルはパチンと指を鳴らした。
「コレ、最初の軌跡が五十年前のやつなんですよ。で、後から表示されるのが現在の公転です。見て下さい、隊長。イダヴェル星系の軌跡、五十年前と変わってますよ」
 ミシェルはキーボードを操作し、二つの軌跡画像をそれぞれ別画面に表示した。
 画面下方に表示される年号らしき数字には、確かに五十の誤差がある。
「本当だ。昔に比べると、ディス星だけ軌道が大きく変動してるな。よりイダヴェルに接近してる。けど、コレがアクアと関係あるようには思えないけどな」
「次、文書出ますよ」
 ミシェルがキーボードを叩くと星系図は消え去り、モニターは文字で埋め尽くされた。
 ミシェルは、それを素早く流し読みした。
「へえ……。五十年前、ディス星に巨大彗星が衝突したみたいですよ。直撃は免れましたが、その時の衝撃で公転軌道が変動したらしいです。更に彗星の残骸――と言ってもディス星の四分の一もある破片ですけれど、それがディス星の引力に引かれてその場に留まり、恒星化してしまったようです」
「今まで無かった衛星が、突然できてしまったわけか」
「はい。それが衛星マゼンダです。彗星の衝突という思わぬ変事、しかも突如として衛星を得たために、ディス星の公転軌道は大きく変化し、イダヴェルの引力により強く影響を受けるようになった――と」
 ミシェルは迅速に文章を要約し、カケルに披露した。ぐうたら主人がモニターを埋め尽くす文字を読むわけがないのだ。
「公転軌道がイダヴェルに近づいたことにより、ディス星の平均気温は急激に上昇。一気に十度ほど上がったと記されてますね」
「異常気象だな」
「その異常気象が五十年も続いてるんですよ。気温上昇により河川や湖が干上がり、海面は低下。各地で深刻な水不足が起こっています」
「水源が消滅し、水量が激減したのか……。惑星の死活問題だな」
「ええ、大きな問題です。そこで、ディス人は《アクア人捕獲計画》を実行に移したみたいです。今から二十年も前の出来事です」
「奴ら、二十年前にはとっくに銀河Ⅲ系を発見してたのか」
 カケルが煙草をくわえたまま驚嘆する。
「五年前の調査隊は運良くディス人と鉢合わせしなかったんだな。――で、その捕獲計画ってのは、何なんだ?」
「文字通り『捕獲』ですよ。二十年前からアクア人はディス人に乱獲され、ディス星に拉致されているんです」
 ミシェルは憤然と吐き捨てた。
 ミシェルに抱きつくミスミの腕が震えを帯びる。
「ミツメ、キライ。ナカマ――コロス」
「アクア人の数は、元々そんなに多くはなかったようです。ディス人の襲撃を受け、戦争が起こり、その数は激減。更にディス人による拉致で、絶滅の危機にまで晒されています」
 ディス星の機密文書を読み上げているうちに、ミシェルの心には深い憤りが芽生え始めていた。
 ここに記されているのは、ディス人による悪辣極まりないアクア人大量虐殺だ。
「どうして、奴らはアクアにこだわる?」
「それは、アクア人が奇蹟の種族だからです。思い出して下さい、隊長。アクア人の伝承を」
 ミシェルは、ミスミの手に自分の手を重ねながら掠れる声で言葉を紡いだ。
 怒りと哀しみが胸中で激しく交錯する。
 ディス人が実行したことは、許されない暴挙だ。
「一人のアクア人は、一つの海を創る、か」
「ウミノヒト、リュミナノ、コドモ。ウミデウマレ、ウミデシヌ――ウミニ、ナル。ダカラ、ココ、ウミ、イッパイ」
「ディス人は失った水源を取り戻すために、アクア人を利用することを思いついたんですよ。拉致されたアクア人はディス星で殺され、海に――水にされたんです。酷い話です。ディス人はアクア人を犠牲にして、自星の水を増やそうと企てたんですよ。自分たちの母星を護ろうとする気持ちは解りますが、それでもこんな残酷なやり方は許せません」
 ミシェルは憤怒を抑えきれずに声を荒げた。
 ミスミの腕が、よりいっそう強くミシェルを抱き締める。
「それしか術がなかったのかもしれないが、酷い振る舞いだな。アクア人を殺して海を創ったとしても、根本的な問題は何も解決しない。公転軌道が変わらない限り、幾つ海を創っても時が経てばまた干上がるだけだ」
「だからディス人は、未だにアクア人の拉致を行っているんです。その度に、この水の楽園からはアクア人が失われ――やがて、誰もいなくなってしまうんです!」
「モウ、イナイ」
 ミシェルの髪に顔を埋めながら、ミスミがポツリと呟く。
 ミシェルは思わず彼を振り返っていた。驚愕に見開いた眼差しでミスミを凝視する。
「ウミノヒト、イナイ。ボク、ヒトリ」
「ミスミが最後のアクア人なのか?」
 呑気なカケルも流石に驚いているらしい。声音には愕然とした響きが含まれていた。
「ボク、コドモ――ナカマ、ボク、マモル。……ミンナ、シンダ」
 ミスミの碧い双眸が悲しげに伏せられる。
 ミシェルは胸が鋭利な痛みを発するのを感じた。
 ミスミは、この宇宙の中でたった一人のアクア人になってしまったのだ。
 彼の家族や仲間は全てディス人に奪われ、彼一人だけがこの惑星に残された……。
 ディス人からアクアを護ろうにも、彼一人では到底太刀打ちできない。
 そんな惨々たる状況にまで、アクア人は追い込まれてしまったのだ。
 昨夜、ミスミは一縷の希望を胸に抱き、ミシェルの前に現れたのかもしれない。
 ミシェルの青い瞳に仲間の影を見たのだろう。
 ミシェルが仲間であればいい、と心底願ったに違いない。
 だが、その願いは儚く打ち砕かれてしまった。
 そして彼は、自分が一人であることを改めて痛感したのだ。
「隊長、アクアを出ましょう」
 ミシェルはミスミの手をしっかりと握り締め、決然とカケルを見つめた。
「ディス人の狙いはアクア人です。彼らがミスミを見逃すはずはありません。ミスミの存在を知れば、躍起になって拉致しようとするでしょう。スクルドを襲撃してくる畏れもあります」
「――だな。ディス人が徘徊する限り、アクアは危険だ。スクルドは軍の宇宙船だが、非武装に近いしな。奴らに攻撃されたらまともに応戦もできん。調査隊を預かる俺としては、船員の生命を護らないといけないしな。不測の事態だ。調査局本部も文句は言わないだろうさ。逃げるが勝ち、だ」
 唇の端を歪めて笑い、カケルが煙草を灰皿に押しつける。
「俺たちは地球へ帰るけど、ミスミはどうする?  一緒に来るか?」
 ふと、カケルの真摯な眼差しがミスミに向けられた。
「いいんですか、隊長?」
 ミシェルは面食らった顔でカケルを見返した。
 ミシェルが提案しようと思っていたことを、カケルは先回りしたのだ。
「最後のアクア人をディス人の餌食にさせるわけにはいかないだろ。それに、ミスミはミシェルを助けてくれた恩人だからな」
「ウミノヒト、イナイ……。ミシェル、ボクノ、リュミナ。ボク――イク」
 迷いのない澄んだ眼差しが、ミシェルとカケルに向けられる。
 ミスミは故郷であるアクアを離れ、ミシェルたちとともに地球へ行くことを決断したのだ。
「よし。そうと決まれば早速出航準備だな。ディス人に発見されないうちに、アクアを離脱だ」
「了解。では、船長にその旨を伝えてきます」
「いや、ミシェルはミスミの傍にいてやれ」
 動き出そうとしたミシェルを制し、カケルが席を立つ。
「ラギの奴、クリスの負傷で気が立ってるからな。おまえじゃ手に負えないだろ。俺が宥めてくるさ」
 確かに、クリスのことで頭が混乱しているラギを説得するのは至難の業だ。友人であるカケルに任せた方が巧く事が運ぶだろう。
「あっ、レイラには連絡しておいてくれ」
 欠伸混じりに指示を出し、カケルは部屋の外へと消えていった。


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK

スポンサーサイト
2009.06.22 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。