ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「最初はね、ただの好奇心だったんだ」
「――は?」
 いきなり話が切り替わったので、ミシェルは思わず訊き返してしまった。
「補佐官なんて面倒だし、不必要なシステムだと思ってた。何故、補佐官制度なんてものが確立したのか、未だに疑問を感じてる。将校に補佐をつけたいのなら、士官の中から選べばいい。なのに――軍本部は『補佐官』という職務を独自に育成するようになった。もう百年以上も続くシステムだから、今更オレが文句を言っても仕方ないけどね」
「船長は補佐官嫌いで有名だったそうですね」
 どう応対して良いのか解らずに、ミシェルは曖昧な相槌を打った。
 それを受けて、ラギが苦笑を湛える。
「補佐官が嫌いなわけじゃない。そのシステムが、オレには不可解だったんだ。そして、補佐官を望む将校の気持ちもね……。長く続く制度のせいか、将校たちの心は麻痺している。いつしか、みんな補佐官を人形やモノのように扱うようになった。自分の身を護る盾であり、都合の良い消耗品だと勘違いしてるんだ。オレには……それが理解できなかったし、許せなかった。そんな風にしか接することができないなら、最初から補佐官なんて望まなければいいんだ」
「制度に疑問を抱いているから、船長は補佐官を持たなかったんですね」
「けれど、上からの命令で補佐官を持たざるを得なくなった。酷い話だけれど、誰でもよかったんだ。クリスを選んだのは、ただの気紛れ――興味心からだった」
 不意に、クリスの髪を撫でる手が止まる。
 ラギの顔が苦毒を呑み干したように歪んだ。
「風変わりな補佐官の噂は、オレの耳にも届いていた。クリス・ユグドラシルは素晴らしく優秀な補佐官だけれど、何故か一年か二年経つとマスターに捨てられる、ってね」
「捨てられる……?」
 その言葉の響きに嫌悪を感じ、ミシェルは眉をひそめた。
「そう、捨てられるらしいんだ。オレ以前のマスターは誰一人、戦死しちゃいないんだよ。恐ろしく整った顔立ちで、顔色一つ変えずに人を殺す――その噂の補佐官がフリーだって聞いて、オレは低俗な好奇心でクリスを選んだんだ。どんな奴なのか一度見てみたかった。そして、逢ってみて納得した。初めて逢った時のクリスは、まるで精緻なヒューマノイドのようで、非人間的だった。前のマスターたちがクリスを傍に置くことに耐えられなかった気持ちも……何となく理解した」
「それでも、クリスは人間です」
 ミシェルはベッドに横たわるクリスを見つめ、断言した。
 自分でも驚くほど、ラギを突き放すような口調になってしまった。
 ラギの口からクリスを非難するような言葉は聞きたくない。
 ミシェルの声に棘が含まれているのを察したのか、ラギは沈痛な面持ちで頷いた。
「解ってる。クリスは人間だ。表面には出づらいだけで彼にも感情はあるし、怪我をすれば痛みも感じる。ただオレは――クリスがオレにもそれを晒け出してくれないことが辛い」
「すみません。言葉が過ぎました」
 一言一言噛み締めるように告げるラギを見て、ミシェルは素直に謝罪した。
 どんな気紛れか知らないが、ラギは本音を話してくれている。稀有なことだ。
 クリスが負傷したことで気が弱くなっているのかもしれない。胸の裡を吐露してしまいたくなるほど、ラギの心は衝撃を受けているのだろう。
「いや、非があるのはオレの方だよ。軽い気持ちでクリスを選んだのは、オレなんだから。補佐官なんて誰でもいい――当時のオレは、そんないい加減な奴だった。補佐官を消耗品と見なす奴らより、よっぽど質が悪かった。補佐官の存在すら、オレは無視しようとしてたんだよ。……オレがマスターに決まった時、クリスはさぞかし落胆しただろうね」
「そんなことはないと思います。クリスは船長のこと大好きですよ。それに船長だって、クリスのことを大切にしてるじゃないですか」
「……ありがとう」
 ラギは微笑し、それからミシェルを手招きした。
 ミシェルが傍に寄ると、彼はクリスにかけられていた毛布を静かに捲った。
 露わになったクリスの上半身を目にして、ミシェルは思わず息を呑んだ。
 左の二の腕と肩から胸部にかけて包帯が巻かれている。それは今日の怪我だと解る。
 だが、クリスの肌には、それ以外にもたくさんの傷痕が残されていたのだ。
「背中にも脚にも、山ほど傷痕があるんだ。初めてこれを目の当たりにした時、ショックだったよ。……以来、オレは心を入れ替えることにした。補佐官制度には納得できない部分もある。けど、少なくとも自分の補佐官は大切にし、信頼関係を築き、護ってあげるべきなんだ――と、ようやく気づいたんだ」
「コレ……どうしたんです?」
 ミシェルは掠れる声で尋ねた。
 クリスの全身には、その端麗な容姿からは想像もつかないほど多くの傷痕が刻印されているのだ。
「前のマスターたちを護った時の怪我らしいよ。十五の時から八年間も、クリスは戦地でマスターを護り続け、傷ついてきたんだ。でも、奴らはクリスを大切にするどころか『人間じゃない』と畏れ――捨てた。そしてクリスは、次のマスターの元へ赴き、身を挺して護った挙げ句、また捨てられるんだ。オレに逢うまで、その繰り返しだ」
 ラギの声音には明らかな怒りが含まれていた。以前のマスターたちに対して猛烈な憤りを感じているのだろう。
 一度唇を噛み締めてから、彼は目に見えぬ何かからクリスを護るように、その裸身を毛布で包み隠した。
「この傷を見た時、オレは頭を殴られたような衝撃を受けたんだ。こんなに傷ついているのに、平然としているクリスが痛々しくてならなかった。――もうボロボロなんだ。オレに逢った時には、とっくにボロボロになってたんだよ。今では、ちょっとしたことで発熱したり倒れたりする有り様だ。なのに……身も心も擦り切れ、疲弊しきってるのに、クリスはまだオレを護ろうとする」
「補佐官は死ぬ瞬間までマスターを護ろうとします。そうあるように教育されています」
 胸に苦いものが込み上げくるのを感じながら、ミシェルは言葉を吐き出した。
 ラギが補佐官制度を受容できないのは、補佐官の養成過程における洗脳にも似た教育が原因なのかもしれない。
 主人を護ること――それが補佐官の第一任務だ。
 この最重要使命を放棄することなどできない。
「解ってはいるんだけどね。でも正直、オレにはしんどい……。もう充分じゃないか。これ以上、クリスが傷つく必要はない」
「クリスのために、船長は辺境調査局への異動を希望したんですね」
 ミシェルが柔らかく微笑むと、ラギは照れ臭そうに笑い返してきた。
「カケルの不運を喜ぶわけじゃないけど、あいつが左遷になるって聞いて、これはチャンスだと思ったんだよ。出世なんてどうでもいい。戦況の激化する最前線を退けば、クリスに降りかかる危険も少なくなる――単純にそう考えたんだ。まあ、こうしてクリスに怪我させちゃ、何の意味も無いんだけどね」
「船長も隊長も、補佐官想いの優しいマスターですよね」
「カケルはね。あいつの前の補佐官は、カケルを庇って死んだんだ。それを揶揄した上官をブン殴るほど、あいつは補佐官想いだよ。けど、オレはどうかな? 三年経つけど未だに自信がない。今でも接し方に悩む時がある」
 ラギは自嘲気味に肩を竦めた。
 クリスに注がれる眼差しが、苦悩ゆえか微かに揺らめく。
「三年も一緒にいるのに、まだダメなんだ」
「何がですか?」
「クリスに護られる度に、あの無数の傷痕を思い出す。そうすると段々イライラしてきて、最後には無性に腹が立ってくるんだ」
 喋っているうちに、ラギの表情は険しいものへと変化していった。
 双眸に宿る鋭利な光は、怒りを具現しているようにも感じられる。
 ――これが、クリスの言っていた険しい目かしら?
 ミシェルは小首を傾げた。
 脳裏に『ラギ様は私を憎んでいる』と告げた時のクリスの哀しげな表情が甦る。
「最近じゃ、クリスの顔を見るだけで苛立ちを感じる。クリスは、相手がオレだから護ってくれるわけじゃないんだ」
「――は? あっ……えっ?」
 ミシェルは虚を衝かれて目を見開いた。
 ラギの心理状態が何となく解りかけてきた。 
 だが、ラギ自身は己れの言葉の真意を全く把握していないようである。
「オレがマスターだから、クリスは義務でオレを護る。あの傷を見ると、嫌でもそれを思い知らされる。クリスはオレじゃなくても、それがご主人様なら誰であろうと護るんだ。オレはね、それが許せない。耐えられない。だから、イライラする。マスター失格だね」
 ラギの口から重苦しい溜息が洩れる。
 ――船長、自覚してないのかしら?
 素直に心情を吐露するラギを、ミシェルは信じられない思いで凝視していた。
「あの、それは……マスターと補佐官の関係に当てはめるから、いけないのでは?」
「だから、マスター失格だと言ってるんだよ。過去なんて拘らなければいいのに、あの傷痕を見ると怒りが芽生えて仕方がないんだ。クリスにとっては、マスターがオレじゃなくても構わない。でもオレは、その事実が嫌で、理不尽な怒りさえ感じるんだよ。今のマスターはオレなんだ、って誇示したくなる。卑しい嫉妬――浅ましい独占欲だよ」
「いえ、ですから、それはクリスを補佐官として考えるから――」
 そこまで言って、ミシェルは口ごもった。
 先を続けることに躊躇いが生じた。
 ラギは全くの無自覚らしい……。
 しかし、彼が目顔で先を促してきたので、ミシェルは仕方なく再び口を開いた。
「あ、あのですね……それは、浅ましくも卑しくもないと思いますよ。船長は『マスターと補佐官』という主従関係に縛られているだけです。そのせいで自分の心理を掴み切れていないようですが――船長のクリスに対する感情は、極めて個人的なものなんです」
 ミシェルが慎重に告げると、ラギは訝しげに片眉をはね上げた。
「回りくどい言い方をしないで、はっきり言ってくれないかな?」
「それじゃあ言いますけれど――船長はクリスのことが好きなんです。それは、恋愛感情なんです!」
 ミシェルが言い終えた瞬間、ラギは絶句した。
 仰天したように目を瞠り、ミシェルを見返している。
 かなりの衝撃を受けているようだ。
 これまで、そういう結論に達したことは一度もなかったらしい……。



 気まずい沈黙が数秒流れた後、ラギが大きく唾を呑み込んだ。
「オレがクリスを――好き?」
 ラギの首が恐る恐るベッドへと向けられる。
 クリスを見つめる横顔には、驚愕と動揺が張りついていた。
「ええ、多分ですけれど。聞いた話を総括し、分析すると――そんな答が弾き出されました」
「男同士だぞ?」
 ラギの間抜けな言葉に、ミシェルは深い溜息を落とした。
「そんな旧時代的な発言はしないで下さい。同性婚姻は法の認めるところです」
「いや、それは知ってるけど、オレは自他ともに認める超女好きで……抱くなら、やっぱり女が良くて……今まで男に惚れたことなんてない。そのオレが――クリスを好き?」
 狼狽に視線を宙に彷徨わせ、ラギが呆けたように呟く。
「わたしに訊かないで自分で考えて下さい。補佐官としてではなく一個人としてクリスを見て、それで自覚したら、きっと好きなんですよ」
「オレがクリスを、ね……。そ、そうか。そうなのか? いや、でも、そんなこと一度も考えたことないし……。困ったな」
 焦燥も露わに、ラギは呻きに近い独り言を繰り返している。
「好きだってことは、つまり……抱きたいと思ってるってことで――うわっ、ダメだ。思考がついていかない」
 しばし放心した後、ラギはミシェルに視線を注ぎ、そこではたと我に返った。
 困惑と羞恥の相俟った複雑な笑みが、顔に広がる。
「悪いけど、一人にしてくれるかな?」
「了解」
 ミシェルは快諾し、素早く身を翻した。
「ああ、ちょっと待って! もしオレが自覚したとして――けれど、クリスはそんな感情なんて微塵も持ち合わせていなかった場合は、どうすればいいのかな?」
 自動ドアが開いたところでラギの声が飛んできたが、ミシェルは立ち止まらなかった。
「それも自分で考え下さい」
 簡素に述べて、部屋を後にする。
 ラギを混乱の渦に突き落としてしまったことには、多少の罪悪感を覚える。
 だが、これでクリスも報われるかと思うと、清々する気持ちもあった。
 ラギが自分の心をどう整理するか解らないが、少なくとも今までのようにクリスに不当な八つ当たりをすることはなくなるだろう。
「ミ、ミシェル――」
 ラギの情けない声を遮るようにしてドアが閉まる。
 完全にドアが閉じるのを待ってから、
「そんな心配、多分無用ですよ」
 ミシェルは笑顔で呟き、軽快に歩き出した。


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2009.06.22 / Top↑
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