ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 怒りと羞恥を紛らわすために、ミシェルは大股で廊下を歩いていた。
「ったく、どうして隊長は、ああも無神経なのかしらねっ!」
 罵りの言葉を唱えながら、行き交う人々を押し退けるようにして通路を進む。
 無性に腹立たしさが込み上げてきた。
 ミスミに惹かれているのは自覚している。
 ミスミも自分に好意を抱いているらしいことは、何となく察せられる。
 だが、この二ヶ月間、特別な進展は何もない。
 どうすれば進展するのか解らない――妙案が浮かばない。
 何せ、異星人同士なのだ。
 アプローチするにしても参考になるようなマニュアルもない……。
「ああ、いやっ。マニュアルなんて下らないこと考えちゃうなんて末期だわ、末期!」
 苛立たしげにブーツの踵を打ち鳴らす。
 ――イライラするのは、わたしもソレを意識しているから?
 自然と眦が吊り上がり、眉間に皺が寄った。
 ――躰を重ねれば、何か変わるのかな?
 どうすればこの恋が成就するのか、ミシェルには皆目見当もつかなかった。
「こんにちは、ミシェル」
 不意に呼び止められ、ミシェルは慌てて煩悶とした想いを脳裏から締め出した。
「随分と荒れてますね。肩で風を切って歩いていましたよ」
 顔を上げると、視界にクリスの端麗な顔が飛び込んできた。
「それから、その……鬼のような形相は一体どうしたのです?」
「やだ、わたし、そんなに怖い顔してる?」
 クリスに指摘され、ミシェルは制服の胸ポケットから手鏡を取り出した。
 鏡に自分の顔を映す。
 鬼気迫るようなしかめっ面の自分が、そこには映っていた。
 恐ろしいものを見てしまったよう気がして、即座に鏡をしまう。
「ご、ごめんなさい。何でもないのよ」
 片手で頬を叩き、頭を軽く振ると、ミシェルは笑顔で取り繕った。
「隊長があまりにも下らないこと言うから、呆れてただけよ」
 肩を竦めた途端、カケルに用件を伝え忘れたことを思い出した。
 地球到着までのスケジュールを報告しに行ったはずなのに、結局、本来の目的を果たさぬまま部屋を飛び出してきてしまった……。
 ――それほど重要な話じゃないから、まあ、いっか。
 素早く結論を弾き出し、ミシェルは改めてクリスを見上げた。
 美貌の補佐官は、いつも通りの無表情な顔を僅かに傾げてミシェルを見下ろしている。
「少佐のところにミスミもいましたか?」
「ええ。――あっ、そうか。お勉強の時間ね」
 航海中、クリスはずっとミスミ相手に個人授業を行ってくれているのだ。
 怪我のせいで通常勤務も儘ならず、暇を持て余していたクリスに、ミシェルがお願いしたのだ。有り難いことにクリスは快く引き受けてくれた。
 教師の教え方がいいのか生徒が優秀なのか、ミスミは驚異的な速さで地球の言語を覚えた。今では、ミシェルたちと変わることなく自由に言葉を操ることができる。
「いつもありがとう。毎日拘束しちゃって、船長には申し訳ないけどね」
「そんなことはありません。ラギ様は、私がミスミに関わるようになってホッとしているようです。私がミスミに勉強を教えている間、ラギ様は私に逢わなくてすみますからね」
 クリスの唇が微かに歪められる。自嘲とも自虐的ともとれる笑みだった。
「それ、どういうこと?」
「ラギ様は、私のことを避けているようなのです」
 クリスの返答を聞き、ミシェルは大いに焦った。
 思い当たる節がありすぎる。
 ――わ、わたしが船長を煽ったからだわ。
 緊張に全身から冷や汗が噴き出した。
「徹底的に嫌われてしまいました。今までの経験上、この調子では地球帰還と同時に解雇ですね。ラギ様が最後通牒を出さなければ、私の方から辞職するだけですが――」
「ダメッ! それはダメよ。地球帰還って、明日のことじゃない! お願いだから、早まらないで。船長がクリスを嫌ってるなんて、絶対に有り得ないわ」
 汗の滲む拳を握り締め、ミシェルは力説した。
 ミスミへの想いに頭を悩ませている間に、ラギとクリスの関係は更に歪曲してしまったらしい。
 クリスのことを意識し始めたラギが、彼のことを避けるなんて思いもよらなかった。
「それが真実であれば嬉しいのですが……。ですが、もう決めました。私が傍にいない方がラギ様のためです。地球に降りたら補佐官職を退きます」
「馬鹿なこと言わないでよ。伝説の補佐官が補佐官辞めてどうするのよ!」
 込み上げてくる焦燥に、ミシェルは埒も明かないことを口走った。
 ラギが以前にも増して余所余所しくなってしまった責任の一端は、紛れもなく自分にある。
 何としてもクリスを引き止めなければならない――という強い想いがミシェルの心を占めていた。
「引退したら、辺境星系に移住して隠居暮らしでも始めます」
「そういうことじゃなくて――」
「もう決めたんです、ミシェル」
 食い下がろうとするミシェルを、クリスは静かな声音で制した。
「三年間――私にとっては初めての長い任期でした。これまでの補佐官生活の中で、最も楽しく、幸せな時間でもありました。目まぐるしく変わるマスターの中で、ラギ様だけが私を人間として扱ってくれたのです。私には、それだけで充分です」
 端整な顔に微笑が閃く。
 綺麗なのに物悲しさを感じさせる笑顔を見て、ミシェルの胸は鈍痛を発した。

  
     *



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2009.06.22 / Top↑
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