ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 自分に注がれた怜悧な眼差し。
 紫姫魅は、それを逸らすことなく正面から受け止めた。
『起きていたのか、天王?』
 焦らずに、静かな声音で問いかける。
 だが、天王からの応えはなかった。
『本気なのか?』
 天王が繰り返す。
『――本気だ』
 紫姫魅は恐ろしく簡素に、そして全ての想いを込めて言葉を紡いだ。
『……出来ないな』
 天王が紫姫魅から視線を外し、上半身を起こす。
 紫姫魅の手は自然と天王の髪から抜け落ちていた。
 天王が片手で乱れた髪を掻き上げながら、再び紫姫魅に向き直る。
『私は――天王だ』
 天王の感情の籠もらぬ淡々とした声が、紫姫魅の心に深く刃を突き立てる。
 天王が弾き出す回答など、あらかじめ解っていた。
 なのに、本人の口から明確な拒絶の言葉を聞かせられと――胸が鈍痛に見舞われた。
 理解しているつもりだった。天王が《天王》である限り、個人的な事情で動くことなど有り得ない――と。
 それでも尚、天王に想いを寄せ、期待してしまう自分がいた。
『そんなことは解っている。だが、承知の上で敢えておまえに請うているのだ。私を殺す、と約束してくれ』
『……無理だ。殺す理由もないのに友を殺めるなど、私には出来ない』
『理由は言えない。いや、理由など――ない』
 紫姫魅は自嘲の笑みを口の端に刻んだ。
『おまえは、ただ黙って私に剣を突き立ててればいい』
『随分と勝手なことを言うのだな、紫姫魅。私にはおまえを殺せないよ』
 天王が長椅子に背を凭せかけ、気怠げに紫姫魅を見返してくる。
 紫姫魅は溜息を一つ落とすと、天王を追うようにして長椅子へ乗り上がった。
『おまえは、私に滅びる手段さえも選ばせてはくれぬのか、久那沙?』
 天王へ向けてゆるりと手を伸ばす。
 首に指を絡めると、天王は少しの間押し黙った。
 やがて、沈黙に耐えかねたように瞼を閉ざす。
『……そんな名は、疾うの昔に忘れた』
『おまえが忘れても、私は忘れたりしない。久那沙、何も言わずに私を殺せ』
『出来ない』
『では――殺せるようにするまでだ』
『――――?』
 紫姫魅がもう一方の手も天王の首にかけると、流石に彼も驚いたらしく身を強張らせ、瞼を跳ね上げた。
 訝しげに自分を眺める黄昏色の瞳。
『何を考えている、紫姫魅?』
『おまえに殺されることだけを――久那沙』
 紫姫魅は痛切な願いを言葉に乗せ、ひたと天王を見据えた。
 天界の至高の宝――象徴。
 だが、紫姫魅にとって彼は何時如何なる時でもただの《久那沙》だった。天王はどう感じているかは知らぬが、少なくとも紫姫魅は深い絆と友愛の念が存在すると信じている。
『その名で私を呼んではいけない。それは、遙かな昔に捨てられた名だ』
『私にとって、おまえは《天王》などではない。だが、今はその天位だけが――私の救いだ。皮肉なものだな……《天王》であることだけが、おまえに私を殺させる手段となる』
 紫姫魅は、天王の首を掴んでいる両手に力を加えた。
『おまえに私を殺せるのか?』
 喉を圧迫される苦しみに顔を仰け反らせ、それでも穏やかに天王が疑問を投げかけてくる。
 その冷静な態度を見て、紫姫魅は苦々しく唇を歪めた。
『フッ……殺す気など元よりない。おまえに私が殺せぬように、私にもおまえは殺せぬ』
『では、何故――?』
『天界の統治者である《天王》に叛意があれば、謀叛と見なされるのではないか、と思ってな……』
『たとえ、おまえに叛意があったとしても――おまえを処罰するのは私の手ではないよ』
 諭すような天王の声。
『……そうだな』
 紫姫魅はあっさとり手を離した。
 天王が緩慢な動作で首を元の位置へ戻し、痛ましげな視線を紫姫魅へ注いでくる。
『久那沙、もう一度だけ訊く。――今、この場で私を殺してはくれぬか?』
 諦め悪く、紫姫魅は喉の奥から懇願の言葉を繰り出した。
 対する天王の返答は、ひどく簡潔なものだった。
『出来ない』
『――解った』
 紫姫魅は、それ以上しつこく食い下がらずに長椅子から身を降ろし、立ち上がった。
 天王に拒まれた現実に、心が微かな悲鳴をあげている。
 楔を打ち込まれた胸が、見えない鮮血を噴き出しているかのような感覚だ。
 眩暈がする。
 紫姫魅は、己を苛む激しい苦痛を堪え、未練を断ち切るように天王に背を向けた。
『私は、おまえ以外の者に与えられる死など微塵も望んではない。それだけは覚えておいてくれ、久那沙。おまえが今、私を殺せぬというのならば、殺せるように仕向けるだけだ』
『――紫姫魅?』
 天王の驚愕混じりの呼びかけが背に浴びせられたが、紫姫魅は構わずに出口へと向かった。
 扉の取っ手に手をかけて、最後に一度だけ天王を顧みる。
『この次、私がおまえに逢う時は――おまえが私を殺す時だ、久那沙』
 紫姫魅は冷ややかな微笑みを天王へ贈った。
 底冷えのする不吉な微笑だった。

 夢は、唐突にぷつりとそこで途絶えた――


     *



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2009.06.23 / Top↑
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