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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
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Tue
2009.06.23[21:22]
     *


「久那沙――」
 目覚めてすぐに、紫姫魅は待ち焦がれている者の名を口ずさんだ。
 胸が疼くような痛みを発している。
 無意識に手が胸元をさする――在りもしない鮮血が、手にべったりと付着する幻覚を視た……。
 ――いや、夢ではない。
 あれは、ただの夢ではない。
 数週間前、現実に起こった出来事だ。
「久那沙、まだ心は決まらぬのか……?」
 久那沙――今現在、この名を一体何人の者が知っているだろうか?
 おそらく指折り数える程度しかいないに違いない。
 それは、葬られた名なのだから。
《天王》には不必要な――個体識別名だ。
 天王は《天王》として、ただ天界に在ればよい。
 遙か昔から続く不文律だ。
 最早、誰が制定してかもわからぬ《天王》という玉座に就く者に課せられた枷だ。
 天王を補佐するという名目で構成された枢密院が、常に天王を監視している。天王が《天王》という枠から飛び出して、私的感情に流されぬように……。
「愚かだと嗤っても、蔑んでも、罵ってもいい。何でもいい――久遠の刻を経て、おまえが私に何かしらの感情を向けてくれるのなら……。久那沙、その手で私を殺してくれ――」
 紫姫魅は、誰も聞いていないのをいいことに、幼なじみの真名を紡ぎ続けた。
 幼き頃から天王と友に、千年以上の永き時を過ごしてきた紫姫魅にとっては《久那沙》というのは何ものにも代えられぬ大切な名だった。
 自分は天王を――久那沙を枢要に想っているのだ。
 友情と愛情の狭間をたゆたう不可思議で迷惑な想いだと解り切ってはいても、捨てることも、朽ちることも、果てることもありはしない熱情だ。
「早く……殺してくれ、久那沙――」
 密やかに呟いた直後、紫姫魅は己の頬を生温かい液体が伝わっている事実に初めて気がついた。
「……夢を見ているうちに、泣いたか」
 皮肉げに独白し、指で涙を拭う。
「何を今更……。自ら選んだ道ではないか」
 吐き捨てるように告げて、紫姫魅は再び瞼を閉ざした。
 身体がひどく重たい。
 まるで全身に鉛の玉を埋め込まれたかのようだ……。
 肉体も精神も、まだ深い眠りを要求していた。
 身の裡に潜む闇が『眠ってしまえ』と優しく囁く。
 自分の中に巣くう、自分ではない《何か》だ。
 何も考えるな。
 全て我に委ねよ。
 そう、強く促す。
 ――どうせ死ぬなら、愛する者の手で……。
 それを望んで、何が悪い。
 久那沙の手にかかりたい。
 たった一つの――ささやかな願いだ。
 ――久那沙、早く……私が……消える前に……。
 紫姫魅は、それ以上何も考えまいと、思考回路をピタリと閉ざした。

 すぐに、二度目の眠りが舞い降りてきた――



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