ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 辺境調査局の制服に着替えてキッチンへ戻ると、食卓の上には朝食が並べられていた。
 物覚えの速いミスミは、この十日間でミシェルが作る料理のレシピをいとも容易く覚えてしまったのだ。料理の腕は、ミシェルと変わらないほどに上達している。
 テーブルに着き、ミスミの淹れてくれたコーヒーを一口啜ったところで、甲高い電子音が鳴り響いた。
 通信が入ったことを示す合図だ。
「こんな朝から誰なのよ?」
 ミシェルはカップをテーブルに置き、渋々立ち上がった。
 朝の優雅な一時を邪魔された苛立ちに眉根を寄せながら、リビングへと移動する。
「カケルかな?」
 ミスミが瞳を輝かせながら着いてくる。
「隊長がこんなに早起きするわけないわ」
 時刻は午前七時。
 カケルが起床するには、まだ二時間ほど早い。
 ミシェルはリビングのソファに座ると、目前のテーブルに手を伸ばした。卓上には、通信回線を操作するためのコンソールパネルが設えられている。
 回線を開くキーを叩くと、壁面に埋め込められたモニターにパッと光が灯った。

『おはようございます、ミシェル』
 画面の中に、クリスの姿が出現する。
 予想外の相手が現れたことにミシェルは一瞬驚き、次に慌てて笑顔を繕った。
「おはよう。もしかして、もう出勤してるの?」
『はい。昨夜、ラギ様から緊急召集がかかりまして、それからずっとスクルド勤務です』
「じゃあ、調査局本部じゃなくて港にいるわけ?」
 ミシェルは事態が把握できずに、何度か目をしばたたいた。
 よくよく注意して見ると、クリスの背後に映るのはスクルドのメインブリッジのようだ。
 太陽系同盟軍本部基地とそれに属する軍事機関は、アメリカのシカゴに存在している。だが、辺境調査局本部だけは、ニッポンのトーキョーに設けられてた。
 調査局本部があるのがシンジュク、局専用の宇宙船港があるのがシナガワだ。
 当然、辺境調査局職員の住居もトーキョー内に構えられている。
 ミシェルが住んでいるのは、シンバシという街だった。街のすぐ傍まで砂漠が迫っている辺鄙な場所だが、カケルの実家が付近にあるということで、やむなくシンバシに部屋を借りることになったのである。
「スクルドで何かあったの?」
『いえ、大したことではないのですが……。メインコンピュータの機嫌が悪いらしく、警報が鳴り止まないのですよ』
 クリスが困惑気味に微笑する。
「どういうこと?」
『地球帰還後、スクルドにはメンテナンスのために整備員が入っていました。船体異常は皆無というメンテナンス結果だったのですが、それが昨日、どういう訳か唐突に警報が鳴り始めたらしいのです。整備員が調査しても故障箇所が判明せず、ラギ様とレイラ副船長が休日返上で呼び出されたという次第です』
「なるほど。それで、必然的にクリスもスクルド勤務なわけね」
 警報装置の異常――確かに大した問題ではない。
 ミシェルはホッと胸を撫で下ろした。宇宙航海機能が大破したとか船体に大穴が空いたとか、そういう深刻な異変が発生したわけではないらしい。
『何とかメインコンピュータのご機嫌を取って警報音は止めたのですが、依然警戒信号は発されたままなのです。エラーチェックをしたところ、システムバグは発見されませんでした。ですから、警報機の誤作動など有り得ないはずなのですが……』
「えっ、システムエラーじゃないの? それは変よね。じゃあ、警報は本物ってこと? 一体、スクルドは何に対して警告を発しているのかしら」
 メインコンピュータのシステムにエラーが発生していないのなら、警報などボタン一つで止まるはずだ。
 そもそもシステムが正常なら、警報装置が誤作動するなんて事態は起こり得ない。
 つまり、スクルドの発する警戒信号は誤報ではない、という結論に達してしまう。
 しかし、宇宙航海に出てもおらず、港に停泊しているだけのスクルドに危険が迫っているとは、到底考えられなかった。
『解りません。スクルドに精通しているラギ様とレイラ副船長も首を捻るばかりで……。それで、早朝から申し訳ないのですが、あなたもこちらに来ていただけませんか?』
「スクルドのコンピュータって、確か船長が疑似人格を与えてるんじゃなかった?」
『はい。人工知能に植えつけた人格は、ラギ様の母親がモデルです』
「じゃあ、わたしが行っても何も事態は好転しないわね。船長に宥められないのなら、わたしにも無理よ」
 ミシェルはモニターに向かって肩を聳やかしてみせた。
 スクルドを操作するのは、船長であるラギの役目だ。その役割を果たしやすいように、ラギはメインコンピュータに母親の人格を模写したのだろう。
 船体を預かる船長の大半が、メインコンピュータに疑似人格を与えている。コンピュータが自分の制御を離れて暴走しないように、コンピュータ人格とのコミュニケーションを綿密にとっているのだ。
 スクルドと意志の疎通が成立するラギでさえ警告を解除できないのなら、他の人間では尚更無理だろう。
「でも、そっちには行くわ。みんな、昨夜から一睡もしてないんでしょう? クリスたちが休んでいる間のコンピュータ監視役くらいは、わたしでも務まるわ」
『ありがとうございます』
 モニターの中でクリスが笑う。
 いつもの儀礼的な微笑ではない。心の底から感謝しているような、素直な笑顔だ。
 その変化に、ミシェルは面食らった。
 勤務中のクリスが純粋な笑顔を浮かべるなど、前代未聞の変事だ。
『少佐にはラギ様から連絡を入れてもらいますので、ミシェルはこちらに直行して下さい。それでは、よろしくお願いしますね』
 唖然としているミシェルを尻目に、クリスがもう一度涼やかな笑みを刻む。
「ま、待って、クリス!」
 そのまま通信を断ってしまいそうなクリスを、ミシェルは慌てて呼び止めた。
『どうしました?』
 クリスが驚いたように動きを止める。
 ミシェルは彼の綺麗な顔をモニター越しにじっと見据えた。きっと、クリス側のモニターにはミシェルの険しい顔が映し出されているに違いない。
「あ、あのね、単刀直入に訊くけど――船長とはどうなったの?」
『えっ……?』
 思い切って尋ねた瞬間、クリスが顔を強張らせた。
 ミシェルの視界の中、その白皙の頬が徐々に赤味を帯びてゆく。
『ど、どうと訊かれましても……。とりあえず、補佐官は辞めずに済みそうです』
 やがて、クリスは困ったように言葉を紡いだ。
 珍しい。
 クリスが狼狽え、挙げ句、赤面している。
 滅多に見られぬものを目の当たりにして、返ってミシェルの方が恥ずかしくなってしまった。彼にシンクロしたように、ミシェルの顔にも血が上ってくる。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、その後が気になったもので――」
 矢継ぎ早に告げ、恥ずかしさに顔を俯ける。
 よくよく考えてみれば、訊くまでもないことだった。クリスがスクルドにいるという事実だけで、事態は充分に推測できたのだ。
 みんなでラギを煽ったあの日、ラギはクリスを引き止め、二人の関係をこれまで以上に深いものへと進展させることに成功したのだろう。
『その後? それは一体、何のことです?』
 ミシェルの言葉尻を捕まえて、クリスが不思議そうに訊き返してくる。
「ううん、何でもないのよ」
 ミシェルは墓穴を掘ったことに気づき、取り繕うためにニッコリ微笑んでみせた。
『本当ですか? 昨日、レイラ副船長とドクター・イブリスにも同じことを訊かれたのですが……』
 クリスが合点のいかないような表情を浮かべ、微かに眉をひそめる。
 不意に、その姿がモニターの中で大きくぶれた。
 砂嵐のように画像が乱れ、すぐに元通りのクリアな画面に戻る。
 ――あれ? スクルド側の通信回路が混雑してるのかしら?
 ミシェルは、さして気にも留めずにコンソールパネルに指を伸ばした。
 画面の荒れという些事よりも、今はクリスに問い質されることを避ける方が先決だ。
 カケル、レイラ、イブリス、そして自分――この四人で、いつもラギとクリスの進展状況を賭け事にしていたなどとは、口が裂けても言えない。
「へえ、そうなの? それは奇遇ね。でも、本当に何でもないのよ。――わたし、そっちに行く準備をするから、もう切るわね!」
 クリスに詮索の隙を与えないよう早口で告げ、ミシェルは一方的に回線を閉じた。
「船に行くの?」
 通信終了を確認して、ミスミがようやく口を開く。
「そうなっちゃったみたい。もちろん、ミスミも一緒よ。スクルドだと退屈しないし、ミスミもその方がいいよね?」
 調査局本部に赴くならミスミを同行させる気はないが、行き先がスクルドなら話は別だ。ミスミにとってスクルドは二ヶ月間慣れ親しんだ住まいだし、船員たちはミスミに好意的なので彼を害する存在もない。
「うん。船に行けば、クリスやラギに逢えるから、そうする」
「じゃあ、ご飯を食べたら出かけましょう」
 行動が決定したところで、早速ソファから腰を上げる。
 しかし、キッチンへ戻ろうと身を翻した途端、またしても着信を告げる電子音が鳴り響いた。
 ミシェルは肩を怒らせ、恨みがましい視線を切ったばかりのモニターに注いだ。
「今度は何なのよ? 折角ミスミが朝食作ってくれたのに、冷めちゃうじゃない!」
 毒を吐き散らしながら、ミシェルは仕方なくソファに座り直した。



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2009.06.23 / Top↑
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