ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「地震っ!?」
 唐突に震え出した地面に仰天し、ミシェルは目を丸めた。
 あちこちで人々の悲鳴があがる。
 ――パニックになる。危険だわ!
 ミシェルの脳裏で警鐘が鳴り響いた。
 マザーコンピュータの故障に加えて天災だ。
 人々が恐慌に駆られ、パニックを引き起こすのは目に見えている。
 横揺れがおさまった、と思った瞬間、今度は大地が大きく上下した。
「ミシェル!」
 ミスミがスーツケースを放り出し、ミシェルを抱き寄せる。
 そのまま二人して、もつれ合うように地面に転がった。
 激しい縦揺れと共に、辺り一帯が不気味な音を立てて陥没してゆく。
「地盤沈下? 地震? 一体、何なのよっ!?」
「地球が哭いてる」
「えっ? 今、何て言ったの、ミスミ?」
「地球が悲鳴をあげてる」
 ミスミの秀麗な顔は、苦痛に耐えるかのように歪められていた。
 人類とは異なる感覚を持つミスミには、ミシェルの耳には届かない何かが聞こえるのだろうか?
 彼は悲愴な表情で『地球が哭いている』と繰り返した。
 ミシェルは愕然とミスミを凝視した。
 地球の悲鳴――最期の悲痛な叫び――地球の終焉。
 この地震は、地球大崩壊の前触れ……。
 これが、地球の限界。地球は死滅へのカウントダウンを始めてしまったのだ。
 不意に、ミシェルは悟った。
 軍上層部が地球を見捨てたのは、それを察知したからだ。
 もしかしたら、マザーコンピュータのフリーズも、それが原因なのかもしれない。
 マザーは地球の破滅を緻密なデータから割り出し、悲嘆に暮れて全ての責務を放棄してしまった――可能性は充分にある……。
「……酷い。予測できたなら、フリーズなんてしないで警告を発するべきだったのよ!」
 ミシェルは込み上げてくる怒りに任せ、罵声を吐いた。
 コンピュータに当たっても仕方がないことは解っている。
 そして、それを創った人間に非があることも解ってる。
 だが、胸中に渦巻く憤怒は抑えようがなかった。
 マザーコンピュータが自己凍結してしまったばかりに、民間人は何も報されずに、いつも通りに一日を始め――今、予期せぬ大惨事に見舞われようとしているのだ。
 軍や政府の要人は、マザーの弾き出した地球滅亡の日を知っていながら、敢えてそれを公表しなかったのかもしれない。パニックを畏れて口を噤み、ギリギリのところで自分たちだけが安全な宇宙空間へと逃れようと目論んだのだ。
 全て推測でしかないが、それを考えると無性に腹が立ってきた。
「ミシェル、ここは危険。早く逃げよう!」
 耳元でミスミが必死に声を張り上げる。
 ミシェルは唇を噛み締め、周囲に鋭い視線を配った。
 陥没した地面に転がる無数の自動車。
 横転し、ひしゃげ、原形を留めていない車体。
 それらの下敷きになっている人々。
 運悪く、地面の割れ目に転落した者たち……。
 先刻の地震で夥しい数の死傷者が出たことは、火を見るより明らかだ。
 眼前に広がる惨状に、ミシェルの胸は激痛を発した。その痛みを堪えて立ち上がる。
「落ち着いて……冷静に……」
 平静さを取り戻そうと胸に片手を押し当ててみたが、鼓動は速まるばかりだ。
「怪我人を助け出し、動ける人は港まで誘導して――そう、スクルドに乗せるのよ。わたしが冷静に対処して、みんなを地球から脱出させなきゃ。わたしは補佐官なんだから」
 ミシェルは呪文のように言葉を唱えた。
 そうするうちに、徐々に思考能力が戻ってくる。
 この中の誰よりも、パニック状態から脱するのは早いはずだ。そうあるように、補佐官養成学院で訓練されてきたのだ。厳しい訓練に耐えてきたのは、こういった状況に素早く対応するためだ。
「行くわよ、ミスミ」
 ミシェルは深呼吸を一つし、ミスミの手を引いた。
 数歩進んだところで、『助けて』という弱々しい声を聞いた。若い女性が潰れた車体の影からヨロヨロと出てくる。歩いているところを見ると、足に大きな損傷はないようだ。
「大丈夫ですか?」
 ミシェルは女性に駆け寄った。
 右の二の腕から出血している。
 ミシェルはポケットからハンカチを取り出すと、女性の上腕をきつく縛った。
「歩けますね? 駅の裏に軍の港があります。頑張って、そこまで歩いて下さい」
「で、でも……」
「軍の宇宙船があります。それに乗って下さい。途中、誰かに出逢ったら、その人たちにも、そう伝えて下さい。大丈夫です。港はすぐそこです。さあ、頑張って!」
 ミシェルは笑顔を浮かべ、不安げに顔を歪ませる女性の背中を押し出した。
 女性は何度かミシェルを振り返っていたが、やがて心を決めたのか一目散に駆け出した。
 それを見送り、ミシェルは他の怪我人を求めて歩き始めた。
 一人でこんなことをしても、埒が明かないのは解り切っている。だが、生きている人がいるのなら、可能な限り助けたかった。
「また地球が哭く」
 ミスミが緊迫を孕んだ声で告げる。
 直後、大地が揺れた。
 先ほどのように大きなものではない。どちらかと言えば微震の類だ。
 しかし、大地が震えている事実に変わりはない。いつ、また大きな地震が襲ってくるのか解らないのだ。
「誰か……誰かいませんかっ!?」
 大声を張り上げるが、誰からの返事もない。
 自分たちとさっきの女性だけが奇蹟的に難を逃れたのか、近辺からは物音一つ聞こえなかった。
 辺りは、しんと静まり返っている。
 ミシェルが茫然と立ち尽くしていると、唐突にミスミが腕を強く引いた。
「船に行こう。ここは危険だよ」
 珍しく厳しい表情を浮かべ、ミスミが力強く宣言する。
「待って。まだ生きている人が――」
「ここはダメッ!」
 ミスミの鋭い叫びが響く。
 それに呼応するかのように、地面が激しく震撼した。
 アスファルトの歩道に亀裂が走る。
「ミシェルッ!!」
 ミスミが強引にミシェルの手首を掴む。彼はミシェルの手を引いたまま、物凄い勢いで駆け出した。
 ミスミは調査局の港がある方角へと向かっている。
 疾駆するミシェルの視野に、頭上で頼りなく揺れるリニアの高架レールが飛び込んできた。
 ――そうだ。あれが崩れ落ちてしまえば、港へと続く道は断たれちゃうんだ!
 高架レールが瓦解する前に、その下を潜り抜けなければならない。
 ミシェルはミスミの手を強く握り締め、必死の形相で走り続けた。
 頭上百メートルに構築された高架の下を、死に物狂いで駆け抜ける。
 高架を通過し、そのまま二百メールほど走ったところで、大地が大きくうねった。
 激震が足下をすくう。
「ミスミッッ!」
 ミシェルは勢いよく地に横転した。
 後頭部がアスファルトに衝突する。
 頭部に激痛が走り、急激に意識が遠のいた。
「リュミナ・レイ・ジルヴィナル!」
 ミシェルをひしと抱き寄せ、ミスミがアクアの言葉で何かを叫ぶ。
 そのミスミの肩越し――不鮮明な視界の中で、ミシェルは高い尖塔が崩れるのを見た。
 遠くに見える赤い建築物が倒れてゆく。
 意識を手放す直前にミシェルが見たのは、旧時代の遺物《トーキョータワー》が崩壊する凄絶な姿だった。


     「Ⅶ」へ続く



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2009.06.23 / Top↑
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