ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 開かれたゲートが視界に飛び込んできた。
 そこから強い風が吹き込んでいる。
 ミシェルは強風に負けじと前へ突き進んだ。
 大きく口を開けたゲートの傍には、予想通りにミスミの姿があった。
「何してるの、ミスミッ!」
「ミシェル――」
 ゲート脇の手摺にしがみついたまま、ミスミが首だけを捻じ曲げて振り返る。
 澄んだ碧い双眸は、驚きに丸められていた。
 ミシェルが追ってくることなど予測していなかったのだろう。
「ミスミ、ゲートを閉めて! スクルドは飛び立ったのよ。危険だから戻ってきてっ!」
 ミシェルは壁面に取りつけられた手摺に捕まり、必死に声を張り上げた。
 しかし、叫びも虚しく、ミスミが無言で首を横に振る。
 それを見て、ミシェルは大きなショックを受けた。
 やはり彼は、ここから地球へ舞い戻るつもりなのだ。
「ゲートを閉めて、こっちに来るのよ!」
「……嫌だ。ボク、地球へ降りるよ」
「バカなこと言わないで! スクルドは航行を始めたのよ」
「でも、地球に降りる」
「冗談じゃないわ。自殺行為よ! 何考えてるのよっ!?」
 ミシェルは焦燥と怒りに顔を歪ませた。
 強風に煽られながらも一歩一歩足を踏み出し、ミスミに接近する。
「地球の悲鳴が聴こえるんだ」
「だからって、あなたが地球に降りることはないでしょう!」
「助けを求める声が聴こえるんだ。『生きたい』って、地球が必死に叫んでるんだ。だから――降りる」
 ミスミがひどく静かに言葉を紡ぐ。
 碧い瞳は、驚くほど真摯な光を湛えていた。
「降りて、どうするのよ?」
「海に還る」
 ミスミが屈託なく微笑む。
 その晴れやかな笑顔を見た瞬間、ミシェルの胸は激しい痛みを発した。
 全身に戦慄が走り、一気に血の気が引く。

『一人のアクア人は、一つの海を創る』

 不意に、アクア人に纏わる伝説が脳裏をよぎった。
 ミスミは地球の海になろうとしているのだ。
「やめて……死ぬなんて言わないでっ!」
「死ぬわけじゃない。還るんだ――リュミナ・キシェに。生まれる前の姿に戻るだけだよ。海に還るだけだから、心配しないで」
「やめてったら! 今更、海を一つ創ったところで、地球の崩壊は止められないわ!」
 ミシェルは喚き散らしながら、ミスミへ向かって手を伸ばした。渾身の力を込めて彼の腕を掴む。
「ボクならきっと止められるよ」
 ミスミの手が、ミシェルの手を優しく撫でる。
 彼はミシェルの手をそっと引き離すと、やにわに首飾りを外した。
 涙型の碧い石がミシェルの眼前で煌めく。
「ボク、リュミナの特別な子供。他のアクア人と、ちょっと違う」
 顔から笑みを消さずに、ミスミが朗らかに告げる。
 首飾り――女神リュミナの涙が自分の首にかけられるのを、ミシェルは茫然と見つめていた。
「リュミナ・キシェでボクだけが生き残ったことには、意味があったんだ。きっとボクは、大好きなミシェルの生まれた星を救うために生き残ったんだよ」
「そんなの、こじつけよ。わたしは……信じない。それに、地球に特別な想い入れなんてないわ。わたし、育ちは冥王星なのよ」
 ミシェルは悄然と言葉を繰り出した。
 ミスミに何を訴えればいいのか判らない。
 ただ、彼を引き止めたい一心で必死だった。
「でも、生まれたのは地球でしょう? 地球は人類を生み、育んだ、母なる惑星。人類にとって――ミシェルにとってのリュミナ・キシェ。だから、助けてあげたいんだ」
 ミスミの指がミシェルの頬を愛おしげに撫でる。
 ミシェルは瞳に溜まり始めた涙を堪えるように唇を噛み締め、上目遣いに彼を見つめた。
 言いたいことはたくさんあるのに、唇が震えるせいで言葉にならない……。
「ボク、ミシェルに出逢えて嬉しかったよ。ミシェルがボクの子供を産むって言ってくれた時、ホントに嬉しかった」
「……産むのよ」
 ミシェルは懸命に口を動かした。その拍子に、目尻に溜まった涙が零れ落ちる。
 涙に濡れた視界の中に、ミスミの穏やかな笑顔が見えた。その達観したような表情が辛かった。痛切な哀しみが胸に去来する。
「わたし、ミスミの子供を産むわ!」
「ありがとう。でもね、それは無理なんだ。異星人間で子孫を残せるはずがないよ」
「無理じゃないわ。そんなの、やってみなきゃ解らないじゃない!」
「ミシェル……ボクの姿は人間に似てるけど、ホントは全然別の生き物なんだよ」
「そんなこと解ってるわ! 承知した上で言ってるのよっ! だから、お願い――地球に降りないで」
 ミシェルは懇願を込めてミスミを見つめた。
 短い静寂の後に、ミスミがゆっくりとかぶりを振る。
「大好きだよ、ミシェル」
 ミスミの片手がミシェルの頭を掻き抱く。
「ミシェルが一緒にアクアに帰るって言ってくれた時、物凄く嬉しかった。ボクは、それだけで幸せ」
「わたしの幸せは……どうなるのよ?」
「ミシェルは今でも充分幸せ。カケルがいて、ラギがいて、クリスがいて、他にもたくさんの仲間がいる。でもボクには、もうリュミナ・キシェの仲間――いない」
 その言葉を聞いた瞬間、ミシェルはハッと胸を衝かれた。
 怖々と顔を上げる。
 ――還りたいんだ。
 寂寥感の滲むミスミの笑顔を見た途端、ミシェルは痛感した。
 ミスミは海に還りたがっている。
 心の底から、生まれる前の姿に戻ることを願っているのだ。
 だが、ミシェルはそれを認めたくなかった。
 ミスミを失ってしまうことが怖くて……。失ってしまう現実に耐えきれそうにない。
「ボクを海に還らせてくれるよね?」
「いや……絶対に嫌よ!」
「ミシェルのことが大好きだから、ミシェルたちの大切な地球を護りたい。ミシェルは、ボクのリュミナ。ボクが愛した、たった一人のリュミナだよ。それだけは、忘れないで」
「な、なに言って――」
 非難の声をあげようとしたミシェルの口を、突如としてミスミの唇が塞いだ。
 いつもより激しく、深く口づけられる。
 唇が離された瞬間、胸部を強い衝撃が襲った。
 ミスミがミシェルを思い切り突き飛ばしたのだ。
「ミスミッ!?」
 ゲートから吹き込んでくる風に呑み込まれないよう、ミシェルは咄嗟に手摺にしがみついた。
 ミスミは限りなく優しい笑みを浮かべて、ミシェルを見つめている。
「大好きだよ。いつか必ずボクに逢いに来て、ミシェル――」
 ミスミの手が手摺から離れる。
 スローモーションのように、ミスミの身体がフワリと宙に浮いた。
 瞬く間に、その姿がゲートの外に消える。
 刹那の出来事に、ミシェルの思考は停止した。
 一瞬、頭が真っ白になる。

 ミスミが消えた。

 ミスミがいない。

 ミスミが自分の前から消えてしまった。

 彼は己れの意志で飛び降りたのだ。
 ようやく事態を把握すると、ミシェルは片手で手摺を掴み、這うようにしてゲートへ進んだ。
「……ミスミ? ミスミッ!?」
 ゲートから顔を出し、下方を覗く。
 ミスミの姿は何処にも見当たらなかった。
 遙か眼下には、砂漠の海が広がっているだけだ。
 砂漠の真ん中では、火山が勢いよくマグマを噴射している。
 しかし、求めるミスミの姿はなかった。
「どうして……どうしてなのよ、ミスミッッ!!」
 絶叫が喉の奥から迸る。
 涙が止まらなかった。
 涸れることを知らないように、次から次へと涙が溢れてくる。
 ミシェルはミスミがくれた涙型の石を痛いほど握り締め、瞼を閉じた。
 瞼の裏には、ミスミの笑顔が鮮明に焼きついている。
 共に暮らした月日は、僅か二ヶ月だった。
 だが、ミシェルの心にはしっかりとミスミが刻み込まれている。
 彼のことを想うと、ミシェルの胸は痛烈に締めつけられた。

 ――わたし、どうしようもなくミスミが好きだったのね。

「必ず……いつか必ず逢いに来るわ、ミスミ。約束よ」
 
 ――だから、どうかミスミを海に還してあげて下さい、リュミナ!

 遠ざかる地球に向かって、ミシェルは一心に祈りを捧げ続けた。



     「エピローグ」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.06.24 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。