FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.27[09:39]
 再び室内の空気に緊張が走る。
 天王は、強張った表情を向ける七天の視線を避けるようにして踵を返し、退出の意を示した。
「天王様っ!? 我々も――!」
 我に返った綺璃が、天王を引き止めようと焦燥混じりの声を放つ。
 天王はゆっくりと歩を止め、振り向いた。
「ならぬ」
 だが、天王の口から発せられたのは、明らかな制止であった。
 綺璃をはじめ他の三人も、穏やかだが真摯な天王の声音にその場に立ち竦む。
「これ以上、私の大切な七天を傷つけるのは忍びない。……私は卑怯なのだよ」
 ふと、天王は自己に対する嘲笑を口許に閃かせる。
「私は……紫姫魅と剣を交えたくないがために、七天に彼の討伐を命じたのだよ。結果、皆を酷く混乱させ、傷つけ――七天のうち三人までもを失ってしまった……」
 天王の黄昏色の双眸に翳りが射す。
「紫姫魅は、私に『殺してくれ』と訴えたのだ。だが、私は……救いを求めてきた彼の手を無情にも払い除けてしまったのだよ……。紫姫魅の息の根を止めてあげることが、彼にとって救いになると朧に理解していながら――私は、それを拒絶した」
 白皙の美貌は常よりも青ざめ、深い後悔に包まれていた。
「紫姫魅は妖魔との同化に苛まれているかもしれない、と懸念したにも拘わらず――あの時の私には、彼を殺めることができなかった。私は……彼の喉を裂き、彼の胸に剣を突き刺すことが、とてつもなく怖かったのだよ――」
 天王は、全身の震えを隠すかのようにきつく唇を引き結ぶ。
 七天らは、そんな天王を無言で見つめていた。
 天王の告白は激昂とは程遠く、静穏な口調だった。
 それでも、普段から多くを語らない天王が、己の胸の裡を包み隠さず吐露した事実は、彼らに衝撃と奇妙な沈黙を与えた。
 だが、不思議と天王を責める気配はない。
 掛け替えのない者を己が手にかけるのは――誰だって辛いし、怖い。
 それは、彼らにもよく理解できる心情だ。
 天王が紫姫魅の生命を奪うことを躊躇したとしても、彼らにはそれを容赦なく責め立てることなどできはしなかった……。
「……私の脆弱さが、此度の惨事を引き起こしてしまったのだよ。あの時、私が紫姫魅を殺していれば、事態はここまで発展しなかったはずなのだ……。総ての責任は、私に在る。これは、私の咎が生んだ結末なのだ。だから、私はその罰を――報いを受けなければならない。皆は、各自の城へ戻るがいい。これは、命令だよ」
「しかし、天王様――」
 天王の言葉を聞いてなお彼を思い留まらせたいらしく、綺璃が食らい付く。
 それを天王はそっと片手を挙げて制した。
「命令だと言ったはずだよ、綺璃。それに、何も案ずることはない。紫姫魅も私を待っているのだから……。私の手で、彼を妖魔の脅威から解き放ってやらねばならない。《妖魔の森》と悧魄――この二つが、全ての根源かもしれない」
 天王は静穏な口調でそれだけを告げると、颯爽とした足取りで謁見の間を出て行ってしまう。
 重苦しい静寂が、残された四人の間に漂った。
 天王と紫姫魅が幼い頃からの友だということを、その場にいる誰もが知っていたのだ。
 二人に訪れる終幕は、如何なるものか……?
 七天らは、憂慮と危惧の入り混じった眼差しで閉ざされた扉を見つめて――



 謁見の間を出てすぐに天王は立ち止まり、己が両手を凝視した。
 ――震えている。
 心の底から救いを求めてきた紫姫魅を、冷酷に振り払った手。
 そんな手で、再び彼に手を差し伸べることが出来るのだろうか?
 赦されるのだろうか?
 これから彼の元へ赴こうという時になって、気弱な迷いが生じた。
 天王は卑小な己に苦笑し、ギュッと拳を握り締める
 ――大丈夫。まだ間に合うはずだ。
 強く己に言い聞かせる。
 これ以上、大切な者に血涙を流させるわけにはいかない。
 愛する者の苦痛を断ち切るのだ、この手で――
「……人は、時に我らのことを《神》と崇め、祈り、救いを求める――」
 天王は憂いを孕んだ眼差しで虚空を仰ぎ見た。
「では、我らは――?」
 それは、天界に生まれ落ちた時からの疑問……。
 誰も答えてはくれない皮肉な問いかけだ。
 天王は、そっと瞼を閉ざした。
 秀麗な顔に苦悩の影が走る。
「《神》である我らは、一体何に――誰に祈り、救いを求めればよい?」
 唇が弱い囁きを紡いだ――



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト



 
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.