ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ――何故、こんな処に……?
 紫姫魅の脳内に素朴な疑問が生じる。
 だが、それは第三者の声により呆気なく掻き消された。
『どうかしましたか、紫姫魅様?』
 隣から気遣わしげな男の声が聞こえてきたのだ。
 そちらへ顔を向けると、馴染みの従者が馬上から自分を見つめていた。
 そこで初めて、紫姫魅は己も馬の背に跨っている事実に気がついた。
『いや、何でもない……』
 紫姫魅は従者に短い言葉を返し、己の措かれた状況を把握しようと努めた。

 夜に支配された世界。

 雨に烟る妖魔の巣窟――

 察するに、自分はこの従者と共に《妖魔の森》周辺の巡回を行っている最中なのだろう。
 たとえここが妖しの夢世界だとしても、それだけは間違いなかった。
『紫姫魅様、先ほど西の方角で子供の泣き声を聞いたのですが……』
 従者が躊躇いがちに森の西側を指差す。
 紫姫魅も釣られるように視線を馳せた。
 だが、紫姫魅の耳には雨の音以外、何も聞こえない……。
『――子供の声? 森の中からか?』
 紫姫魅は眼前に広がる森をじっと見据えた。
 あの危険な森の中に子供が迷い込んでしまったのならば、一大事だ。その子は妖魔たちの格好の餌となり、十中八九、生きて森から出られることはない……。
『はい。確かめてみようと思ったのですが、一度紫姫魅様にご報告を――と、戻って参りました』
 従者が控え目に応じる。幾分、主の顔色を窺う感じだった。子供の泣き声を聞いたのに、何の確認もせずに戻ってきたことを咎められるとでも思ったのだろう。
『それは、賢明な判断だな』
 そんな従者の懸念を払拭するように、紫姫魅は軽く笑んだ。
『その子供の泣き声、妖魔の幻術かもしれぬな。殊に夜は、奴らの時間――力が増幅するからな。私が様子を見てくるとしよう』
『お一人でですか?』
『無論。おまえは、ここで待機していろ』
『ですが、紫姫魅様――!』
『残っていれば、妖魔に喰われる心配もない』
『紫姫魅様をお守りするのが、私の役目です! 万が一、紫姫魅様に何かあったら、私は城の者たちに顔向けが出来ません。どうか、私も一緒に――』
 必死に食い下がる従者の言葉を、紫姫魅は冷ややかな一瞥で遮った。
『おまえの主は、妖魔に喰われるほど弱くはないよ。それに、西の方角には――強大な魔物たちが棲み着いていると云われている。何かあったとしても、おまえでは太刀打ちできぬ』
 紫姫魅はフッと目を細めた。
 森の奥――西の果てには、天界創世時に追い遣られた古の妖魔たちが跋扈していると伝えられているのだ。
 誰も遭遇したことがないので単なる伝説なのかもしれないが、用心に越したことはない。
 紫姫魅には、未知の危険が潜んでいるかもしれない森へ従者を放り込む気は毛頭無かった。
『案ずることはない。すぐ戻る』
『し、しかし……!』
『くどいぞ』
 簡潔かつ冷徹な声で従者の同行を拒絶すると、紫姫魅は馬首を巡らせ、腹を軽く蹴った。
 馬が高く嘶き、疾駆を開始する。
 従者の『紫姫魅様っ!!』という焦燥に満ちた叫びが聞こえてきたが、構わずに馬を走らせる。
 素早く背後を顧み、従者が追ってこないことを確認した。
 夜の闇に立ち尽くす従者の姿が遠くなる。
 紫姫魅は、迷わずに暗鬱とした森の中へ飛び込んだ――



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2009.06.27 / Top↑
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