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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.27[17:22]


 森は、闇そのものと云っても過言ではないほど、凶悪な禍々しさを四方八方から放出していた。
 夜の帳と激しく降り続ける雨が、より一層森の不気味さを増幅させている。
 森へ足を踏み入れた途端、馬がピタリと脚を止めた。
 紫姫魅が手綱を引いても腹を蹴っても、それ以上決して進もうとはしない。嫌がるように鼻息を荒くし、首を縦横に振るのだ。
《妖魔の森》に立ち込める瘴気に、恐れ戦いたのだろう。本能が純粋な悪意と陰の氣を感じ取り、森の奥へ進むことを拒んでいるのだ。
 紫姫魅は馬の恐怖を感じ取ると、躊躇することなくその背を降りた。
『外で待っていろ』
 馬の鼻面を撫で、首筋を軽く叩く。
 馬は従順に森の外へと向けて駆け出す。
 紫姫魅も身を翻し、馬とは反対方向へ歩を進めた。
 だが、いくらも進まないうちに、悲痛な馬の嘶きが響いたのである。
 次いで、
 ドンッ!
 グシャ……ズズズズズズッッ!
 という奇怪な物音がし――すぐに途絶えた。
 紫姫魅がハッと背後を振り返った時には、既に馬の姿は何処にもなく、辺りは雨音以外の静寂を取り戻していた。
『……喰われたか』
 痛ましげに呟き、紫姫魅は視線を落とす。
 そして、険しく眉根を寄せた。
 目が地面に釘付けになる。
 足下を雨に混じって真紅の液体が流れていたのだ。
 ――血だ。
 その流出源を求めて、流れを目で遡る――森の奥へと続いていた。
 紫姫魅は逡巡することなく、血の流れを辿って歩き始めた。


 しばらく歩くと血の色が濃くなり、源が近いことを示した。
 紫姫魅は足を止め、視線だけでその先を追う。
 すると、人の足ぶつかった。
 前方に血まみれの少年が佇んでいたのだ。
『おまえ――こんな処で何をしている?』
 問いかけながら、紫姫魅は剣の柄に手を伸ばした。少年が妖魔である可能性を危惧したからだ。
 少年の双眸が紫姫魅に向けられる。
 恐怖と絶望に打ちひしがれた昏い瞳だった。
 紫姫魅は剣を抜くのを止め、少年を見返した。
 少年からは妖気の欠片も感じられない。
 ――この子は妖魔ではない。
 微かな安堵が胸に芽生える。
 従者の言っていたことは事実で、泣いていたのはこの少年なのだろう。
 そして、自分は――おそらく間に合ったのだ。
 少年はまだ妖魔の餌食にはなっていない。妖魔に襲われたと思しき全身の怪我は酷いが、生きているなら助けられる。
『怖い思いをしたのだな……。もう大丈夫だ。私と共に来い』
 紫姫魅は少年に歩み寄ると、そっと彼に手を差し伸べた。
『……いやっ』
 しかし、少年はかぶりを振りながら大きく後退った。
 怯えているのだ。
 涙を溜めた双眸で紫姫魅を見上げている。
『大丈夫だ。私はおまえの味方だ』
 紫姫魅は優しい声音で告げ、もう一度手を伸ばした。
『……いやっ……!』
 だが、やはり少年は紫姫魅の手を取らずに頑なに首を振り続ける。
 ――どうしたものか?
 と、思案を巡らせかけた時、異質な気配が空を切り裂いた。
『天よ、その子は嫌がっているではないか?』
 揶揄するような声が雨闇の中に響き渡る。
 転瞬、闇が一段と濃くなり、瘴気が強まった。



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