ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
『――誰だ?』
 紫姫魅は鋭く誰何した。
 それに応じるように、クククッという愉悦混じり笑いが闇を伝う。
 次いで、シュッと闇を割くようにして声の主が姿を現した。
 若い男だ。
 冷酷そうだが、頗る整った顔立ちをしている。
 一見して、姿形は天界に住む人々と何ら変わりはない。
 ただ、双眸だけが不吉に紅く輝いていた。
 赤光を放つ瞳は、妖魔の証――
 妖魔は、強大な力を有するほど人の姿に類似する。天人をたくさん喰らい、彼らの容姿や能力を我が物にしてしまうからだ。
 眼前に現れた美麗な妖魔は、二つの紅い目を除いた他は完全に人の形をしていた。
 かなり位の高い妖魔――創世時代より生き延びてきた古参の妖かしなのだろう。
 強い妖力を保持する魔人だ。
 魔人の周囲に禍々しい妖気が渦巻いているのを、紫姫魅は膚で感じていた。
『天よ、この子は天に救いの手を差し伸べられるのを嫌がっている』
 魔人が背筋が粟立つような冷笑を浮かべる。
『だが、その子を貴様に渡すわけにはいかぬ』
 紫姫魅はきつく魔人を睨めつけた。
『嫌がっている者を無理矢理助けるのも、どうかと思うぞ。この子は、死にたがっているのだ』
 魔人が少年の肩を抱き寄せ、口の端に残忍につり上げる。
『――ほら、これで胸を突けば、楽になれるぞ』
 魔人が片手を翻すと、瞬く間に虚空から短剣が出現した。
 魔人はそれを少年の手の中に押し付け、甘く、優しく囁く。
 少年は食い入るように短剣を見つめていた。幼い瞳には、怯えの代わりに淡い期待のような光が灯る。
『さあ――』
 魔人が少年の手を包み込むようにして持ち上げ、短剣の切っ先を彼の心臓へと向けさせる。
『馬鹿なことをっ! 貴様のような魔物がいるから、天王が苦労するのだ!』
 紫姫魅は怒りを隠しもせずに吐き捨て、魔人へ向かって地を蹴っていた。
 幼い少年に自害を勧める悪辣さが赦せなかった。
 腰に帯びた剣を鞘から抜き払い、迅速に構える。
 疾風の如き速さで魔人へ詰め寄ると、その喉元に剣を突きつけた。
『おっと――』
 魔人が刃を避けるように少年から手を離し、ヒラリと横へ身を躱す。
 その先を読んで、紫姫魅は剣を水平に薙いだ。
 魔人の胴を真っ二つにする手応えがあった。
 肉を裂き、骨を断つ感触が刀身を通じて、確かに伝わってくる。
 紫姫魅は、不様に血に倒れ伏す魔人の姿を信じて疑わなかった。
 しかし、現実にはそうはならなかったのである。
 魔人の姿は剣が胴を切断した瞬間に消え失せ――そして、今度は忽然と紫姫魅の真正面に出現したのである。
 魔人の胴は元通りに繋がっていた。掠り傷一つ見当たらない。
『ああ、久し振りに攻撃らしい攻撃を受けたね。天と相対するのも久々だ。ゾクゾクするね。何百年か振りのご馳走が、こんなに麗しい天だなんて』
 彼は、悠然と腕を組むと、値踏みするようにじっくりと紫姫魅の全身を眺めた。
 自信に満ちた、余裕綽々の態度だ。
 おそらく、魔人が生きてきた時間は紫姫魅など足下にも及ばないほど永いのだろう。その差が、そのまま力量の差に繋がるのかもしれない。魔人は明らかに紫姫魅を見下している。一太刀受けてみて、己の方が遙かに大きな力を持っていると判断したのだ。
『貴様――』
 紫姫魅は口惜しげに歯噛みし、魔人を睨んだ。
『怖い怖い。神様も怒ると悪鬼の形相になるものだね。まあ、それも私にとっては快感だけれど。綺麗な顔が怒りや苦痛に歪むのは、とても愉しいね。ククククッ』
『黙れ。その首――必ず討ち取ってやる』
『無理無理。天はまだ若い。私には到底敵わないよ。いいね、その若さ、その美貌――飽きるまで嬲り尽くして、最後には骨の髄まで喰らいたいな』
 千年近く生きている紫姫魅を若造扱いし、魔人はせせら笑う。
『貴様っ……!』
『おやおや、刃向かうだけ無駄だって言っただろう? 私を斃すことに躍起になるより、子供の心配でもしたらどうだい、天よ』
 再び剣を構え直した紫姫魅を見て、魔人がまた嘲るような笑みを美顔に刻む。
 その言葉に、紫姫魅はハッと少年へ視線を転じた。
 少年は、短剣を手に握り締めたまま立ち竦んでいる。
 震える手が、己が胸に剣を突き刺そうかどうか逡巡しているように、引いたり押したりの単純動作を繰り返していた。
『よせっ!』
 紫姫魅は、魔人ではなく少年の方に駆け寄った。彼の手から短剣を奪取しようと手を伸ばす。
『――いやっ!』
 だが、少年は先ほどと同じように紫姫魅の手を擦り抜けて、パッと後退るのである。
『ククッ。天よ、その子を助けない方がいいのではないか? 自ら生命を絶ちたがっている者をわざわざ引き止めることはない』
 魔人が事の成り行きを愉しんでいるかのように、爛々と輝く瞳で紫姫魅と少年を見比べる。
『ふざけるなっ! この子にも親がいるであろう。この子が死ねば、親が哀しむ』
『フフフ……甘い。甘いなぁ、天よ。その子に親などいないさ。父親は、つい先ほど我らの仲間に喰われて死んだ。母親は――殊もあろうに下界の人間だ』
『――今、何と言った?』
『この子は神人。禁忌の存在だ』
 魔人が愉悦の笑みを浮かべる
 彼が放った一言は、紫姫魅の胸に雷に打たれたかのような激しい衝撃をもたらした――



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.06.27 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。