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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.27[17:37]

『神人――』
 紫姫魅は低く呟き、魔人に鋭い視線を向けた。
 それを受けて、魔人が意味深に微笑む。
『そう、この天界では認められる存在だ。神の血筋に人の血が混ざることを許さなかった、天らが定めた不遜な掟よ。天界では、神人は発見され次第抹殺され、その存在は永劫に闇に葬り去られる』
 魔人の紅き瞳がチラと少年を一瞥する。
『下界でならば生きてゆくことを許されるが、この者の母親は天と交わり、天の子を産み落としたこと自体を罪と思い込み――果てには我が子を我が子とは認められずに狂死した。天界の住人である父親が仕方なく子を連れ帰ってきたらしい。だが、人間の女と交わったことが発覚した時の罪と罰に怯え、先刻、我らが森にこの者を捨てていったのだ。――愚かな父と母よ』
『…………』
 紫姫魅は、無言で魔人の言葉に耳を傾けていた。
 魔人の語る内容が事実ならば――この少年は、神人ということになる。

 天界の禁忌。

 天神は下界の人間とは子を成してはならぬ――

 神の稀有な能力が下界に流出するのを防ぐためだけに定められた戒律だ。
 天と人の間に生まれた子は、人間界でひっそりと暮らす分には見逃されるが、天人として天界へ昇ることは決して許されない。
 見つかれば、即刻抹殺される運命にあるのだ……。
 目の前の少年が神人だとすれば、この天界で生きてゆくことは非常に難しい。
 ここへ息子を連れてきた暗愚な父親が何を吹き込んだか知らぬが、幼い少年も己が『歓迎されない存在なのだ』と薄々感じているようだった。
 きっと、少年の心は酷く傷ついているに違いない。
 母に疎まれ、畏れられ――父に棄てられる。
 その後に、彼の心の裡に残ったものは一体何なのだろうか?
 深い絶望と世界の全てに対する疑心と拒絶――そして、生きることへの空虚感だけではないのだろうか……。
 この先、生き長らえたとしても少年を必要とし、愛してくれる者は、誰もいない……。
『その子は死にたいのだよ。天上の神の血を引きながら天にもなれず、人間の腹から生まれながら人にはなれぬ憐れな厄介者だ。天においても地においても、厄災しか生み出さぬ』
『黙れ。厄災しかもたらさぬのは、貴様の方であろう』
 紫姫魅は、淡々と述べる魔人を睨めつけた。
 少年のことを物のようにあしらう魔人が、とてつもなく腹立たしかったのだ。
 親が見捨てても、禁じられた神人であろうとも――少年は生きている。
 生命ある者をむざむざ妖魔の餌食にさせるわけにはいかない。
 少年の生い立ちや過去がどうあれ、彼には《未来》という希望が残されているのだから。
『天よ、おまえが何者かは知らぬが、その子を助けると後悔するぞ。それは私の獲物――私が喰らうのだからね。滅多に手に入らぬ神人なんだよ。そんな稀有で美味なものを、私が天に譲るとでも思うのかい?』
『この子を貴様の餌になどさせぬ』
『これは、生きることを放棄している。そんな者をわざわざ助けてどうするのだ、天よ? 生き続けたとしても、これを庇護する者は誰もいないのだよ』
『――私がいる』
 紫姫魅は魔人に向かって断言した。
 幼い少年の末路を解っていて妖魔に彼を引き渡すのは、紫姫魅の良心と責任感が許さなかった。
『ほう。随分と惚れ込んだものだね。天よ、私を斃すつもりか? 先ほどの手合わせで、私を斬れぬことは天自身がよく身に染みているはずなのに。この森は、我らが妖魔の聖域。ここでは、我らの力は倍増し、逆に天の力は半減する。無論――天に勝ち目はない』
『それでも、私はこの子を救うだろう』
 勝利を確信している魔人に対して、紫姫魅は躊躇うことなく言葉を繰り出していた。



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