ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 白い洋館の玄関まで進み、冬子は気後れしたように一歩後ずさった。
 遠くにいる時には気づかなかったが、庭に面した壁の大部分がガラス張りなのだ。一階も二階も、である。
 ほぼ一面に張られたガラスには妙な迫力があった。『窓』という次元ではなく、正しく『壁』である。
「……金持ちのすることは理解できないわね」
 苦々しく呟きながら冬子は躊躇う心を捨て去り、玄関ポーチへと進んだ。
 白い扉の脇にあるインターホンを指で押す。
 しばしの静寂を措いて、中から扉が開けられた。
「砂波……冬子さん?」
 開かれた扉から姿を現したのは、一人の美しい女性だった。
 腰まである長い艶やかな黒髪に、濃い蒼色の双眸を持つ佳人だ。
 ――この人が桔梗屋敷の主人かな?
 隆一が『雅さん、雅さん』と崇拝するような口振りで熱心に語っていたことが思い出される。
 目前の女性が『雅さん』なら、父の熱意も頷ける気がした。
「はい。今日から、こちらでお世話になる砂波冬子です。――椎名さんですか?」
「いいえ。わたくしはこの館の居候ですわ。美月木蓮(みつき もくれん)と申します。以後、よしなに」
 美女――木蓮が微笑む。
 ふと、その笑顔が消え去り、深い海のような双眸が細められた。
「何故かしら。不思議な気が致しますわ。昔、何処かでお逢いしたことがあるような……」
「はぁ。でも、初対面……ですよね?」
 怪訝な表情で、冬子は木蓮を見返した。
「ええ、初対面ですわね。――雅から話は聞いていますわ。どうぞ、中へ」
 木蓮が流れるような仕種で片手を動かし、掌で玄関の中を示す。
 優雅な白い手に導かれるようにして、冬子は玄関へ足を踏み入れた。
「こちらですわ」
 木蓮が玄関からホールへと身を移す。
 冬子は素直に従った。
 冬子の視線は無意識に木蓮の足許へと吸い寄せられていた。
 ちゃんと足がある。
 足音もしているし、影だってある。
 ――誰よ、桔梗屋敷の住人は幽霊だなんて言ったの!
 心の中で苦々しく毒突く。
 大学に蔓延する噂は、やはり身勝手な想像の産物なのだ。
 現に木蓮は幽霊などには見えない。
 玄関ホールを抜けたところは、二階まで吹き抜けになった壮麗な空間だ。
 正面には両開きの木扉がどんと構え、その左右に二階へと続く緩い曲線を描く階段が設置されていた。
「雅を呼んできますわ。それまで、大広間でお待ち下さいませ」
 木蓮が正面の大きな扉を開く。
 彼女は呆気にとられている冬子を残し、颯爽と階段を上っていってしまうのだ。


 取り残された冬子には、大広間で待つ以外に術がなかった。
 バッグ片手に、開かれた扉から室内に侵入する。
「――げっ!」
 瞬時、冬子は顔を引きつらせた。
 視界には、四十畳はゆうに越えるであろう豪華な室内が広がっている。
 白を基調としたアンティークな調度や装飾で彩られた美しい部屋だ。
「な、なるほど『大広間』ね……。驚かない、驚かない。ここは、そういう家なのよ」
 ブツブツと独り言ちながら手近にあったソファにバッグを置く。
 部屋の大きさに一々衝撃を受けていたのでは、身が保たない。
 これから一ヶ月、この屋敷で暮らさなければならないのだ。早く慣れるに越したことはない。
「凄いっ! あっちも全部桔梗なんだ!」
 冬子は窓際に視線を馳せ、不意に弾けるように駆け出した。
 巨大なガラス窓が並ぶ向こう側にも桔梗畑が広がっているのだ。
 窓から外を窺い、冬子はいつの日か大学の屋上から観た光景を思い出した。
 今、目にしているのは中庭に当たる部分だろう。
 桔梗屋敷は『コ』の字型をした建造物なのだ。
 正門を基準にして考えると、屋敷は『コ』の字を右に九十度回転させた形で建てられていることになる。その証拠に、大広間の窓からは左右に伸びる長い建物が見えていた。
「ホントに桔梗が好きなのね、ここの主人。――っと、中庭にも噴水が……」
 ふと視線がある一点に引き寄せられる。
 表の庭と同じく、中庭にも噴水があるのだ。
 無論、彫像もだ。
 だが、飾られた彫像は『悪魔の乙女』ではない。翼を広げた男の像だった。
「……天使? それとも、また悪魔?」
 距離が遠くて、台座のプレートまでは見えない。
 冬子はそれを勝手に天使だと決めつけることにし、背を返した。
 その瞬間――
「うわっ!?」
 冬子は口から悲鳴を発していた。
 自分の真横に二つのブロンズ像が並んでいたからだ。
「ど、銅像っ!? こんなところにあったかな?」
 震えを帯びた声で、冬子は自問した。
 広間の何処に何があったかなど、明確に覚えてはいない。
 ただ漠然と『こんな至近距離に像があるのはおかしい』と感じた。
 これほど近くにあれば、その存在を認識していたはずだ。
「嫌だ……気味が悪い――」
 渋面を造り、二つの像を見比べる。
 一つは、二本足で立ち、衣を纏っているヒトコブラクダだ。
 もう一体は、見たこともない奇怪な生物だった。
 狼に似た胴体部分――その背からは鷲のような翼が生え、尾は蛇のそれと酷似していた。
 どう見ても、実在する動物ではない。
「……さっきまでは絶対無かったのに」
 愕然としながらも、冬子は薄気味の悪い銅像に歩み寄っていた。
 恐怖や驚きよりも興味心が先に立った。
 得体の知れない獣よりはラクダの方が馴染みがある。
 慎重に手を伸ばし、ラクダの頭にそっと触れる。
 冷ややかな金属の感触に、ホッと安堵の吐息が洩れた。
「銅像が動くわけ……ない――」
 言いかけた言葉を、冬子は咄嗟に呑み込んでいた。
 熱いものに触れたようにパッとラクダの頭から手を離し、驚異に満ちた眼差しで銅像を凝視する。
 動くはずのない銅像――その瞳がギョロッと動き、冬子を見上げたのだ。
 瞬きをする大きな丸い瞳に、冬子の頭は混乱を来した。
 じわじわと心の底から怯えと恐怖がせり上がってくる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
 無意識に唇から絶叫が迸っていた。



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2009.06.28 / Top↑
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