ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「いやっ! な、な、何なのっ――!?」
 訳も解らずに立ち竦み、冬子はパクパクと口を開閉させた。
 直後、ガバッと背後から口を塞がれる。
 一気に混乱の度合いが増した。
「木蓮。この騒々しい生き物は何だ?」
 すぐ間近で冷静な男の声が囁く。
 そこで冬子は初めて、自分の口許を覆っているのが人間の手だという事実に気がついた。
「まあ、砂波冬子さんですわよ、雅」
 雅――瞬時にその名の持ち主に思い当たり、冬子は慌てて顔を上向かせた。
 少し長めの黒髪が、サラサラと冬子の額にかかる。
 頗る端正な顔立ちの青年が、不機嫌そうに自分を見下ろしていた。
 銀縁眼鏡の奥で、黒曜石の双眸が冷たく輝いている。
 目が合った瞬間、冬子は勢いよく青年の手を振り払っていた。
 素早く身を転じ、青年と相対する。
「椎名雅……! 女じゃなかったのっっ!?」
 青年に向かって、ビシッと人差し指を突きつける。
 冬子はずっと『雅』を女性だと思い込んでいたのだ。
 だから、桔梗屋敷に住むことも承諾したというのに……。
 目の前に佇む人物は紛れもなく男性だ。
 二十代前半の若い青年。
 しかも、切れ長の瞳が印象的な美青年だ。
「生憎、正真正銘の男だ。砂波教授の娘だな。俺が屋敷の主――椎名雅だ」
 悠然と冬子を見返し、青年――椎名雅は淡々と告げた。
「ああ、えっと……砂波冬子です。よ、よろしくお願いしま……す」
 挑戦的な眼差しで睥睨され、冬子は口許を引きつらせながら言葉を返した。
 雅の不遜な態度に少しだけムッとした。
 それに彼は、さっき冬子のことを『生き物』呼ばわりしたのだ。
 初対面相手に失礼な話である。
「――で、君は何故、我が家でけたたましい悲鳴をあげていたんだ?」
 雅の探るような視線が冬子に注がれる。
 闇のような瞳だ――と冬子は思った。
 鋭い視線を浴びた途端、身体が竦んだ。
 本能が『怖い』と警鐘を鳴らした。
 ――早紀が見たのは、雅さんかもしれない。
 そんな考えが脳裏をよぎったが、その思考は木蓮の声によってすぐに遮られた。
「雅、その仏頂面はどうにかなさった方がよろしいですわよ。冬子さんが怯えていますわ」
 木蓮が窘めるように告げる。
 彼女は、フンッと鼻を鳴らす雅に溜息をついてから、優しい笑顔を冬子に向けてきた。
「悲鳴の原因は何ですの?」
「あっ……その、銅像が動いたんですけど?」
 躊躇いがちに応じる。
 その言葉に、木蓮は哀しげに表情を翳らせ、雅は不愉快そうに眉根を寄せた。
「まあまあ、そんなはずはないのですけれど……。でも、もしかしたら、冬子さんのことを気に入ったのかもしれませんわね、この子たち」
 木蓮が銅像の頭をそれぞれ撫でる。
 どこまで本気で言っているのか解らない、柔らかな口調だ。
「馬鹿馬鹿しい。銅像が動くわけないだろ。――屋敷を案内するからついてこい」
 冷たく吐き捨て、雅が踵を返す。
 正に『一蹴』である……。
「そういえば、冬子は青蘭の学生だったな」
 勝手に冬子を呼び捨てにしながら、雅が思い出したように足を止め、振り向く。
 冬子が無言で頷くと、雅は形の良い唇の端をつり上げて笑った。
「ようこそ『桔梗屋敷』へ――」
 初めて見る雅の笑顔には、意地悪と皮肉がたっぷりと含まれていた。


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2009.06.28 / Top↑
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