ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 夜の静寂が屋敷全体を取り巻いていた。
 広い空間を有している屋敷は、その広大さを誇示するように、しんと静まり返っている。
 与えられた部屋のベッドに横になりながら、冬子は枕許の置き時計にチラリと視線を走らせた。
 時刻は午前二時。
 なのに、依然として冬子は眠りに就けなかった。
 新しい環境と『桔梗屋敷=お化け屋敷』という拭えぬ先入観に、心が騒ついてるせいかもしれない。
「うう……眠れない」
 大きく寝返りを打ち、冬子はベッドの脇にある小さなスタンドの明かりを点けた。
 夕食時に木蓮から手渡された紙片を開く。
 この屋敷の簡単な見取り図と、住人たちの名前を記したものだ。
「椎名雅、二十四歳。性格悪し。顔はイイけど、無愛想で意地悪で嫌味。椎名操、十六歳。雅さんの弟。操くんは破天荒な性格さえ除けば、いい子よね。美月木蓮。二十二歳。木蓮さんは何も言うことなしね」
 身を起こし、ブツブツと独り言ちる。
 現在留守だという二人は、『連城碧』『篝セイ』という文字を当てるらしい。
「セイさんは二十六歳ね。あっ、碧くんは同じ歳だわ! ――って、こんなことしても、眠れな~い……」
 不意に、冬子は馬鹿らしくなって紙片を手放した。
「冷たい飲み物でも取りに行こう」
 気分を切り替えるようにベッドを抜け出し、廊下へと出る。
 廊下も静謐な空気に包まれていた。
 壁に設置されたランプ型の照明が、仄かな明かりで廊下を照らしている。
 二階の厨房までずっとこの薄明かりの中を歩くのかと思うと、少なからずゾッとする。
 昼間は何も感じなかったが、夜の微睡みの中では巨大な洋館は一種独特の雰囲気を醸し出している。
 要するに不気味なのだ。
「怖くない、怖くない。そのうち慣れるわ」
 自身を勇気づけるように言葉を繰り返し、冬子は廊下を歩き始めた。
 慣れるまで時間がかかるかもしれないが、意地でも慣れなければならない。
 両親が帰る日まで、ずっとここで暮らさなければならないのだから。
「そういえば、昼間はうまくはぐらかされたような気がするけど……。あの銅像、確かに動いてたわよね?」
 階段の下に辿り着いたところで、冬子はふと思い出した。
 雅と木蓮は否定したが、ヒトコブラクダの目が動いたのを冬子はしっかりと見てしまっている。
 冬子は恐る恐る大広間の方へと視線を流した。
 直後、大広間の扉が僅かに開き、そこから光が洩れているのを発見した――誰か起きているのだ。


「……わたくし、不思議と冬子とは初対面の気がしませんのよ」
 静かな声音が扉の隙間から流れ出てくる。
 木蓮の声だ。
 声の主を確定するなり、冬子は大広間へと歩み寄った。
 木蓮に厨房まで付き合ってもらおう、と咄嗟に思ったのだ。
 扉の把手に手をかけようとした、その瞬間――
「俺もそう思う。彼女の瞳は似ている」
「わたしも同意見ですな。あの少女、《月の方》に似ておいでです」
 木蓮とは別の声が、冬子の聴覚を刺激した。
 どちらも聞き覚えのない声だ。
 雅でも操でもない。
 驚きに手を引き戻す。
 息を潜め、冬子は隙間から中を窺った。
 木蓮の話し相手が非常に気になったのだ。
 だが一瞬後、冬子は部屋を覗いたことをひどく後悔した。
「――――!?」
 悲鳴をあげそうになる口を慌てて手で塞ぐ。
 大広間には木蓮以外に人間の姿はなかった。
 代わりに奇妙な生物が存在していたのだ。
 ――な、なっ、何なのよっ!?
 驚倒のあまりに瞼が瞬きを停止した。
 木蓮が話しかけているのは、あの銅像たちなのだ。
 しかも、昼間見た時のように動いているだけではない。
 ちゃんと色彩があるのだ。
 ラクダも翼ある獣も、血が通っているとしか思えない。
 体毛のフサフサとした感じが遠目にもはっきりと見て取れるのだ。
 その上、人語まで喋っている。
 とても信じられない光景だ。
「貴方たちもそう思うのですね。では、やはり……冬子はわたくしに縁のある者なのですわね。もしかしたら、姉上の――」
 木蓮は至極当たり前のように話しかけている。
 彼女の言葉を最後まで聞き終えないうちに、冬子は身を翻していた。
 ――何なのよ、何なのよ、何なのよっっっ!?
 疑問が胸中で激しく渦巻く。
 遭遇した光景が、とても現実のものとは思えなかった。
 ――銅像が実は生きていて、動いて、喋って……。木蓮さんは、それを認めている。
 何がなんだかさっぱり解らなかった。
 恐怖と驚愕に頭はパニックを引き起こしかけている。
 慌てて自室へ逃げ帰り、冬子は一目散にベッドに滑り込んだ。
 早紀の言う通り、やはり桔梗屋敷は『幽霊屋敷』なのかもしれない。
「あ、あたしは……何も見てない。これは、きっと悪い夢よ」
 脳裏を掠める悪い考えを打ち消すように激しくかぶりを振り、冬子は布団にくるまった。
 ――これは夢だ。明日になれば、きっと銅像は銅像のままだ。
 冬子は堅く瞼を閉ざした。
 さっき目撃したものは全て夢か、錯覚に違いない。
 ――もしかしたら、あたしは足を踏み入れてはいけない異世界へ飛び込んでしまったのかもしれない。

 でも、もう二度と引き返せない。

 ふと、そんな不吉な予感が頭をよぎった。
「あたし、知ってる。今は、まだ思い出せないけど……あたしは木蓮さんを知ってる。ううん……木蓮さんに似た人を知ってる――」
 震える唇で言葉を紡ぎ、冬子は頭から布団を被り直した。
 ――これは、失われた記憶の断片だ。
 この不可思議な桔梗屋敷には、失われたはずの記憶が眠っている。
 急速に薄らいでゆく意識の中で、冬子は漠然とそう思った――


     「Ⅱ.悪魔学」へ続く


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2009.06.28 / Top↑
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