ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ――何が間違っていたのだろう?
 
 書斎の椅子に深く腰かけながら、椎名雅は胸中で問いを発した。
 この八年間、延々と心の中で繰り返してきた同じ問い。
 決して答えが出ることのない虚しい自問だ。
 眼鏡を外した雅の眼差しは、憂いと悔恨に満ちている。
 視線の先にあるのは、壁に飾られた一振りの西洋剣だ。
 銀細工の柄と金色に輝く真鍮の刀身が美しい。
「俺は、今も昔も――間違っているんだろうか、ユーリ」
 目を細め、真鍮の剣を眺める。
 手を伸ばし、そっと銀の柄に指を這わせた。
 父と愛する女を死に追いやった、憎むべき元凶。
 だが、それゆえに護らなければならない、愛すべき剣。
 誰にも渡してはならない特別な剣だ。
 父と女が生命を賭してまで自分に託した、大切なものなのだから……。

「汝、復活の刻まで安らかに眠れ」

 瞼を閉じて祈りを捧げ、雅は柄から手を引いた。
 女を失ってから八年――ずっと心を閉ざし、人と関わることを否として生きてきた。
 しかし、最近は違う。
 思わぬ闖入者が屋敷に現れたせいだ。
 父と懇意にしていた砂波教授の娘――冬子。
 数日前から屋敷に滞在している少女は、妙に雅の心をくすぐり、苛む。
 多分、冬子の瞳がユーリと同じ青紫の輝きを放っているせいだろう。
 冬子の真っ直ぐな視線を受けると、ユーリに責められ、詰られているような錯覚に捕らわれる。
「あの子はユーリじゃない。解っているのに、急き立てられるような気がする」

 ――早く私を起こして、雅。

 そう呼びかける女の声が聞こえる気がする。
「……出逢いは間違いじゃない」
 雅はゆっくりと瞼を押し上げた。
 睨めつけるような視線を剣へと突き刺す。
「だから俺は決めた。ユーリ、必ず君のために《アッピンの赤い書》を探し出す。そして、君の《真実の名》を唱えよう。君が再び俺に微笑みかける、その日を夢見て――」
 ここにはいない愛する者に向け、雅は静かに言葉を紡いだ。
 僅かに二年、共に暮らしただけの女。
 しかも、尋常の人間ではない稀有な存在。
 それでも、雅は確かに女を愛していた。
 今も女を失うことを怖れている。
 女の魂が消失する瞬間のことは、今でも克明に記憶に残っている。
 鮮やかな緋色のドレスを舞わせ、崩れ落ちる女の肢体。
 腕に抱いた女の身体が徐々に凍て付いてゆく。
《器》から魂が抜けるのを成す術もなく見つめているしかなかった。
 避けられぬ別離を悟った瞬間、双眸から涙が溢れ、口からは絶叫が迸った。
 憤慨した。
 悔しかった。
 赦せなかった。
 女の魂を繋ぎ止める術を知らぬ自分が――愛する女を護ることすらできぬ自分が赦せなかった。
 赦せなかった……己れを含めた何もかもが。
 全てが呪わしかった。
「何が正しいのか、何が間違いなのか――俺には解らない。俺は、ただ……もう一度、ユーリに逢いたいだけだ」
 瞼を落とし、心痛を吐き出すように大きく深呼吸する。
 トントンと扉がノックされたのは、その時だ。
「雅さーん。コーヒー持って来ました」
 扉越しに、砂波冬子の声が聞こえてくる。
 途端、脳裏に残る女の姿が霧散し、雅の意識は現へと立ち返った。


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2009.06.29 / Top↑
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