ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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Ⅲ.真夏の雪



 青蘭女子短期大学は、夏休みということもあり、ひっそりと静まり返っていた。
 冬子は慣れた足取りで一階廊下を歩き、ガラス戸の前で足を止めた。
 青蘭には学食とは別に喫茶店が設けられているのである。
 女性ばかりの生徒に対する学校側の配慮であろう。
 約束の四時にはギリギリ間に合った。
 そのことにホッとしながらドアを開け、中に滑り込む。
 ザッと室内を見回す。
 すぐに宮森早紀の姿を発見することができた。
 悪天候の兆しが強いせいか、喫茶店利用者は少ない。
「早紀」
「久しぶりね、冬子」
 読んでいた書物から目を上げ、早紀が微笑む。
 僅かな動作に、綺麗な茶髪がサラリと肩から落ちた。
 早紀は冬子のことを『美人だ』と言うが、冬子にしてみれば早紀の方こそ、その言葉が相応しい美女だと思う。。
 事実、街を歩けば早紀に声をかけてくる男の子は多いし、告白だって数多くされている。
 それなのに、早紀には恋人がいなかった。
 誰か意中の相手がいるのかもしれないが、残念なことに冬子はそれを知らない。
 それとなく訊いても、いつも巧くはぐらかされてしまうのである。
「中々出て来られなくて、ゴメンね。何だかか、桔梗屋敷に慣れるのにバタバタして……」
 言い訳めいたことを口にしながら、冬子は早紀の向かいの席に身を落ち着けた。
 桔梗屋敷に移り住んでから、早紀と逢うのは初めてだった。
「こっちこそ、急に呼び出して悪かったわね。――で、どうよ? 例のお化け屋敷?」
 早紀が早々に話を切り出してくる。
 噂を気味悪がっている彼女でも、桔梗屋敷の実状には興味があるのだろう。
「住んでいるのは普通の人たちよ。ちゃんと足もあるし、ご飯だって食べるわ」
 ウェイトレスに紅茶を注文してから、冬子は早紀に向き直った。
「へえ……ちょっと残念ね。噂通りの幽霊屋敷なら、冬子も箔が付いたのにね」
「ちょっと、やめてよ。ホントに幽霊屋敷なら、すぐに飛び出してるわよ」
 冗談めかした早紀の言葉に眉を跳ね上げた冬子だが、ふと表情を改めた。
 声のトーンを低くし、芳しくない表情で早紀を見つめる。
「でもね、幽霊とは別なんだけど……やっぱり何か妙なのよね、あの屋敷」
 心には、例の『動く銅像』の件が深く根付いている。
 己が目で見た、唯一の怪事――あれが幽霊の仕業だとは思えなかった。
 あの二つの像は、間違いなく生きていた。
 口を動かして喋り、その足で歩いていたのだ。
 何より、体毛が肉眼で確認できた。
 手で触れれば体温が感じられそうなほどリアルな生き物だ。
 霊が銅像に乗り移ったとしても、あんな風には動かないのではないだろうか?
「何が妙なのよ? 住んでるのは普通の人なんでしょう?」
 早紀が解せないように首を捻る。
 細い指がメンソールの煙草を引き寄せ、口許に運んだ。
「そうだけどね。銅像が――動くのよ」
「は? 銅像?」
 ライターを持つ手を止め、早紀がますます怪訝そうな表情を深める。
「そう。銅像が動くのよ。あたし、バッチリ見ちゃったんだから!」
 冬子は必要以上に力を込めて言葉を繰り出した。
 思い切って告白してみたものの、早紀が真に受けないのでないかと懸念したのだ。
 目撃者である冬子自身、あれが現実の光景であったかどうか未だ判別できずにいる。
「……嘘でしょ? 本当に見たの?」
 予想通り、早紀は疑わしそうに訊き返してきた。
「本当よ! あたし、二回も見ちゃったんだから」
「住人には訊いてみたの?」
「訊いたけど……否定されたわよ。それ以降、銅像も全然動かなくなっちゃったし――」
「じゃあ、冬子の見間違いか錯覚よ」
「でもね、何かスッキリしないのよ。雅さんにはぐらかされた気がするのよねぇ」
「雅……さん?」
 煙草に火を点け、早紀が不思議そうに冬子を見返してくる。
「桔梗屋敷のご主人様よ。顔はいいけど性格と口の悪さに問題がある、とっても偏屈な人。変な趣味があってね、悪魔が大好きなのよ。《悪魔学》とかいう得体の知れない研究をしてるんだってさ。――あっ、もしかしたら早紀が見たっていう住人は、雅さんかもね」
「そう……。あの人、雅っていうの?」
 早紀は記憶を反芻するように目を細め、大きく紫煙を吐き出した。
 丁度その時、ウェイトレスが紅茶を運んできた。
 テーブルの上にティーセットを並べ、素早く去っていく。
 ウェイトレスが立ち去るのを見計らって、冬子は話を再開させた。
「雅さん――椎名雅さんよ」
「椎名……雅。怖い人ね」
 冬子がティーカップを手に取るのと同時に、早紀の視線がフッと窓に逸れた。
「怖いっていうより、変人よ。人間と接するより、いもしない悪魔のことを一番に考えてるんだから。おまけに、天上天下唯我独尊――自己至上主義の塊だわ」
「そう言うわりには目が生き生きとしてるわね、冬子。ひょっとして、惚れたの?」 
 冬子が辟易しながら告げると、早紀の視線が戻ってきた。
 その顔には、笑いそびれたような奇妙な表情が刻み込まれている。
「な、なに言ってんのよ、早紀ったら! そんなことあるわけないじゃん!」
 突然の言葉に冬子は心臓を跳ね上がらせた。弾丸のように否定の言葉を放つ。
 自分でも驚くほどの過敏な反応に、冬子はハッと口を噤んだ。
 何も早紀は本気で言っているわけではない。笑ってやり過ごせばいいことだ。
 胸に生じた焦りと緊張の正体が解せずに、冬子はそっと唇を噛み締めた。
「雅さんは悪魔にしか興味ないのよ」
 ほんの一瞬の沈黙の後、冬子はムキになったことを誤魔化すように努めて明るく述べた。
「悪魔、ね。下らない。……でも、雅さんには一度逢ってみたいわね」
「どうして?」
「確かめてみたいのよ。わたしが見た人が、雅さんなのかどうか」
 早紀は簡素に告げ、再び窓外に視線を馳せた。
 それきり黙り込んでしまう。
 雅を偶然見かけた時のことを思い出してでもいるのか、焦点の合っていない眼差しで外を眺めている。
 その唇からポツリと呟きが洩れた。
「……狡いわ――」
「えっ? 何が?」
 何に対しての言葉なのか判断できなくて、冬子は眉をひそめた。
 無意識に口から出たような言葉に、異質なものを感じた。
 言葉に含む棘――嫉妬や羨望が滲んだ一言だった。
 胸に違和感が生じる。
 早紀は滅多に何かを妬んだりしない人物だ。
「ちょっと考え事してただけ。何でもないわ」
 緩慢な動作で首を振り、早紀が取り繕うように微笑む。
「それより――空、荒れそうね」
 早紀は何事もなかったようにコーヒーに手を伸ばし、また窓外に目を向けた。
 早紀の態度に釈然としないものを感じながらも、冬子も彼女に倣い、窓外を見つめた。
 空は不吉な暗雲に覆われている。
 曇天を通り越し、闇へと近づきつつあるようだ。
 真夏の盛りの悪天に、冬子は我知らず溜息を落としていた。
 天空は嵐の予感を孕み、昏く、禍々しく荒んでいた……。


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2009.06.30 / Top↑
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