ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
「……操くんも悪魔の存在を信じてるの?」
 冬子は『悪魔の乙女』に視線を流した。
『悪魔の乙女』は、雅が――いや、この屋敷全体が悪魔の存在を認めている証のように思えてならなかった。
「悪魔はいるんだよ。ユーリがその証拠だ」
 冬子の胸中を見透かしたように、操が『悪魔の乙女』象を指差す。
「雅が愛した女だ」
「――なっ……! だ、だって、これって、ただの銅像で……悪魔でしょ!?」
 驚きに目を見開き、喉に言葉を詰まらせながら冬子は叫んだ。
 雅が愛した女がこの銅像だと告げられても、俄には信じられない。
「悪魔だよ。この銅像のモデルが悪魔の女――ユーリだ。雅が初めてこの地上に喚び出し、自分の傍に置いた悪魔。そして、雅が今も昔も愛し続けている唯一の女だ」
「う……そ……? 悪魔はホントに実在していて……雅さんはホントに悪魔を召喚できて――ユーリを愛したってわけ?」
 茫然自失の体で冬子は呟いた。

 人間と悪魔が愛し合うことなどあるのだろうか?

 そもそも、真実、悪魔は存在するのだろうか?

 様々な疑問が頭の中を巡る。
 だが、解答は得られない。
 助けを求めるように操に視線を向けたが、彼は唇を歪めて微笑んでいるだけだ。
 しかし、炎のような二つの瞳は少しも笑ってはいなかった。真剣そのものだ。
 操が嘘や戯れ言を述べているのではないことは、その真摯な眼差しから察することができた。
「この桔梗は全部ユーリのためなのね。雅さんの愛の証なのね……。ユーリは――死んだのね」
 四方八方に広がる桔梗の園を一眺めし、冬子は唇を噛み締めた。
 何故だか妙に胸が痛かった。
 苦しかった。

 桔梗の花言葉――変わらぬ愛。

 この屋敷が『桔梗屋敷』たる所以は、雅のユーリに対する愛情にあったのだ。
 失った女性への溢れんばかりの愛が、桔梗に託されている。
 雅が今もなおユーリを愛し続けている明瞭な証拠だ。
「ユーリは殺されたんだよ。雅を護ろうとして、同胞である悪魔に殺されたのさ」
 淡々とした操の声に、ハッと我に返る。
 慌てて視線を操に戻すと、彼は哀れむような眼差しをユーリの像に注いでいた。
「悪魔に……殺された? どうして? 同じ仲間なのに、ユーリは悪魔に殺されたの?」
「悪魔にも色々と事情があって、厄介な奴らがいるんだよ。それに雅は特殊な人間だからな。悪魔に狙われやすいんだよ」
 操が簡潔に応じる。
「雅さんを狙った悪魔がいて、ユーリは雅さんを庇って生命を落とした――ってこと? で、雅さんが狙われやすいのは《悪魔学》の研究者だから……よね?」
「まあね。けど、あれは生命を落とした――ってゆーか、魂を抜かれたに近いな」
「どういうこと?」
 ますます解せずに、冬子は顔をしかめた。
『生命を落とした』というのと『魂を抜かれた』という微妙な表現の違い。
 冬子にしてみれば、どちらも同じ《死》を表す言葉だ。
 だが、操はそこに拘りを持っているようである。
「さあね。オレも雅とユーリのことはよく知らないんだ。オレが桔梗屋敷に来たのは、ユーリが殺される直前の事だったからな」
「それって変じゃない? 操くんは、この屋敷にずっと住んでるわけでしょう? なのに、ユーリとは殆ど面識がないの?」 
『桔梗屋敷に来た』という操の言い回しが気に懸かり、更なる渋面を造る。
「ああ。オレ、椎名教授のホントの息子じゃないから。雅とも血なんて繋がってないぜ」
 呆気なさ過ぎるほど明朗な口調で告白し、操が微笑む。
「ゴメン。あたし、そんなつもりじゃ……」
 明かされた事実に瞠目し、慌てて操を見上げる。
 ひどくいたたまれない気分に陥った。
 足を踏み入れてはいけない領域に、土足で上がり込んでしまったように居心地が悪い。
「別に、冬子が気にすることじゃないぜ。そんな些細なこと、どーでもいいしな。オレが、この屋敷も雅も大好きなんだから問題ないだろ? それに、ここには碧もいるし」
 畏まる冬子に、操が快活な笑みを放つ。
 言葉は力強く、彼の屈託のない心を明快に表していた。
 ――同じだ。
 血の繋がりはなくとも、操は雅に深い絆を感じている。
 冬子が砂波の両親に対して、それを感じているように……。
 血で結ばれていなくとも互いに愛情を抱けるのならば、何も問題はない。
 絆が深い限り、それは操の言う通り『些細なこと』だ。
「碧くんて、自分の馬を探しに出かけてるんだってね」
 微笑みを浮かべながら操に問う。
 碧に関する情報は少ないが、皆から聞いた話を総合すると、碧は相当な『馬好き』らしい。
「アイツ、すっげえ間抜けでさ、可愛がってた馬とはぐれちまったんだよ。その馬がベルギーだかフランスにいるって情報が入った途端、血相変えて飛び出して行きやがったんだ」
 ひどく不満そうに操が唇を尖らせる。
「碧くんて変な人ね。でも、操くんは、そんな碧くんが大好きなのね」
「碧は、ずっと昔から――オレの一番の戦友だからな」
「は? センユウ? 親友の間違いでしょう」
 冬子が生徒の誤りを正す教師のような口調で言うと、操はさも可笑しげにゲラゲラと笑った。
「親友――ね。碧が聞いたら嫌な顔するだろうな。いや、親友でも間違いじゃないんだけど、オレたちはホントに戦友なんだぜ」
「変な操くん……。それで、碧くんはいつ帰ってくるのよ?」
 冬子は胡乱な眼差しを操に注いだ。
 二十歳にも満たぬ少年が二人――いつ何処で戦場を共にした『戦友』だというのだろうか?
 冬子には到底理解などできなかった。
「さあな。この空模様だから、もしかしたら碧が帰ってくるのかもしれないと思ったけど――違うみたいだしな」
「えっ? 何よ、それ――」
 ますます解せない操の言葉に、冬子は表情を曇らせる。
 彼を問い詰めようとした瞬間、不意に視界を白い花弁がよぎった。
 空気が、より一層冷えたような気がする。
 全身に鋭い寒気を感じた時、一気に白い花弁が数を増した。
 冬子の頭にも顔にも肩にも、ひんやりとした冷たい破片が静かに降ってくる。
 雪片――真っ白な雪の結晶だ。
「なっ、何で、真夏に雪が降ってくるのよっ!?」
 純白の花弁の正体に気づき、冬子は驚愕の叫びをあげた。
 反射的に操に疑問の眼差しを投げたが、彼は至って冷静に空を見上げていた。
 突然の異常気象にも動じた気配はない。
「見ろよ、冬子」
 噴水の囲いの上に立ったまま、操が顎を刳る。
 その口許が徐々に吊り上がり、不敵で残忍な笑みの形を造り上げた。
 真紅の双眸は好戦的な輝きを灯している。
 常とは異なる操の様子に不安を感じながらも、冬子の目は彼が挑むように見上げている空へと移っていた。
 天から舞い散る雪が、視界を埋め尽くす。
 その雪に紛れるようにして、遠くの上空に無数の黒い点が発生しているのを発見した。
 黒き集団は、物凄い速度で移動している。
 それも、ここを目がけてやってきているようだ。
 見る間に、黒い集団は桔梗屋敷の上空に迫ってくる。
 冬子の身体は金縛りに遭ったように動かず、目は天空に釘付けになっていた。
 ――あれは……なに……?
 真上に来た先頭集団を見て、冬子は愕然と目を見開いた。
 見たこともない生物の群れだ。
 体毛のない黒い身体。
 その背には、やはり羽毛のない翼が生えている。
 こちらを見下ろす双眼は、禍々しい赤光を放っていた。
 四肢は人間に似ているが、その尻には細長い尻尾がついている。
 明らかに、人間でも、冬子の知る動物でもなかった。
 異形のものだ。
 ――あれ……は……な……に……?
 胸中で自問を繰り返す。
「こういう荒れた空の時は――天から悪魔が降ってくるんだよ」
 答えは、操の揶揄混じりの言葉によって導き出された。

 現と夢が混濁し、挙げ句、これまでの常識が転覆する瞬間だった――


     「Ⅳ.天魔狂宴」へ続く


 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.06.30 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。