ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
「今日、あの悪魔たちが襲ってきたのは、その本を探すためなの?」
「私の部下の調べでは、書は巡り巡って、今はこの日本にあるということだよ。当然ベリアルも知っているだろうね。姿を潜めているとはいえ、バアルも己れの大切な書を取り戻したがっているはずだ。今日、襲ってきたのがどちらの配下かは知らないけれど……」
「いつの間に日本に渡ってきたんだか……。まあ、セイが召喚に応じたわけには納得だな。おまえもルシファーのために書の在処を突き止めに戻ったんだろ?」
 皮肉げに雅が言葉を吐き出す。
「当然だよ。バアルはともかく、ベリアルに渡すことだけは阻止しないとね」
 澄ました表情でセイは雅を見返した。
「ねえ、桔梗屋敷が襲撃されたってことは――つまり、問題の本がここにあるってこと?」
 雅とセイのやり取りを撥ね除けるように、冬子は大声を張り上げた。
「いや、ここにはない。あれば嬉しいけどな」
「じゃあ、どーしてここが狙われたのよ?」
「多分、これのせいだろ」
 アッサリと言ってのけ、雅は手にした真鍮の剣を軽く振ってみせた。
「あまりそれを振り回さないで下さいませ」
 剣に視線を据え、木蓮が畏怖を滲ませた声で告げる。
 彼女だけではなくウヴァルとマルコシアスも芳しくない表情を湛えていた。
「この剣は、七十二将にとっては脅威の代物だ。どうやって手に入れたのか知らないが、父がエルサレムから送ってきた。父の手紙によると、これは古代イスラエル王国の王――ソロモンが使った《ソロモンの壺》らしい」
「ソロモン王って、イスラエル王国史上、最も賢明な君主だったっけ? そのソロモンが何故、七十二将にとって脅威なの?」
 ソロモン王とその父ダヴィデのことは、歴史の授業で掻い摘んで習った気がする。
 だが、それ以上のことは何も知らない。
 冬子は渋面を造り、雅に更なる説明を求めた。
「ソロモン王は、俺と同じく天魔に興味を抱いた人物だった。彼は七十二将全てを召喚し使役した、偉大なる魔術師でもある。ソロモンは七十二将の力を得て、ソロモン神殿を建てたり、世界中の富を集めたと言われている」
「事実だよ。ムカツクことに、アイツは散々オレたちをこき使った後、封印しやがったんだ! ヤツの治世が栄華を極めたのは、オレたちのおかげだっていうのによ」
 操が憤然とした声を放ち、忌々しげに舌打ちを鳴らす。
「ソロモンが私たちを封じ込めたのが、《ソロモンの壺》と呼ばれる真鍮製の壺なんだよ」
「わたくしたちは壺が開封されるまでの数百年間、天宮に帰ることも叶わなかったのですわ……。その後、壺がどうなったのかなど、わたくしたちの与り知るところではありませんわ。ですが雅の持つ剣は、どうもそれらしいのです」
 セイと木蓮が、あまり喜ばしくない面持ちで雅の剣を見つめている。
「どういう経緯か知らないが、真鍮の壺は刀剣へと改造されていたらしい。それを発見した父により、何故か今、俺の手中にある。七十二将を封じる力がある《ソロモンの剣》は、彼らにとっては畏怖の対象でしかない」
 雅の口許にうっすらと笑みが浮かぶ。
 それは、剣を手に入れたことを喜ぶようであり、嘲るようにも見て取れた……。

「その剣のせいで、椎名教授とユーリは殺されたんだよ」
「操――」
 雅が険のある眼差しでジロリと操を睨む。
 操は『しまった』というように目を丸め、慌てて雅から視線を逸らした。
 ユーリ――雅が愛した悪魔の乙女だ。

 雅の父・幸は、エルサレムの遺跡か何処かで剣を手に入れた。
 それが災いし、今日の桔梗屋敷のように悪魔に襲われた……。
 バスの事故というのは、悪魔が引き起こしたものなのだろう。
 そしてユーリは、剣とその持ち主である雅を護ろうとして生命を落とした……。

 冬子はボンヤリとそんな仮定を立てた。
 それが事実だとしたら、とても雅本人には訊き出せない。
 それは雅にとって致命傷――今も癒えることのない傷として、心に深い悔恨と自責の念を抱かせているに違いない。

「我は神の姿に似せて創られ、神の御意に添いて神の力を授けられたる者なれば、神の御名によりて命ずる……」
 気を取り直すように緩く首を振り、雅は言葉を紡いだ。
「俺が使用する召喚術は、神――即ちヤハウェの御名において実行するんだ。要は一種の脅しだ。出てこないとヤハウェの天罰が下るぞ、と脅迫してるんだよ。面白いだろ」
「大嫌いなヤハウェの名で脅したって、悪魔は出てきてくれないんじゃないの?」 
「そうだな。力の強い悪魔は、こんな陳腐な脅しには屈しない。だが、俺には《ソロモンの剣》がある。二重の脅迫ができるわけだ。それに、恵まれたことに俺には天賦の魔術の才がある」
 冬子の反論に、雅が尊大な口調で応じる。
 唇は、その自信のほどを示すように綺麗な弧を描いていた。
「雅さん。難解な話はやめてくれる。結局、何が言いたいのか、あたしには全然解んないわ」
 悪魔や召喚術云々の話をされても、冬子にはイマイチついていけないものがある。
 不服たっぷりに唇を尖らせると、木蓮が冬子を宥めるように優しい口調で告げた。
「その気になれば、雅には、かつてのソロモン王のように七十二将全てを召喚することが可能だということですわ」
「雅だけではない。その剣を手にした者は、同じ条件に恵まれる。我ら七十二将の誰かが持ち主になったとしても、同様のことが言えるんだよ。困ったことにね」
「仮にベリアルがソレを手に入れたとしたら、奴はバアルを味方につけるまでもなく、他の七十二将を従えることができるってわけだ! ――で、下克上が起こって、ルシファー様は失墜。オレたちはベリアルに隷属することになるのさ。そんなの真っ平御免だけどな!」
 セイが肩を竦め、操が忌々しげに言葉を吐き出す。
「だから、ベリアルは雅さんの剣を狙ってるのね。でも、雅さんがベリアルを召喚して、主従の関係を築くなり、封印しちゃうなりすれば、それで問題解決なんじゃないの?」
「俺の目的は七十二将を制することじゃないし、地獄の抗争に巻き込まれたくもない。だが、父の形見である剣を手放す気など更々ない。ただ、それだけだ」
 雅が、他者の意見を一切受けつけないような冷ややかな声音で断言する。
「雅は、わたくしたちの大切な主ですわ。その意にそぐわぬことを、決して行ったりはしませんわよ。わたくしたちが、己れの私情を交えて屋敷に逗留しているのは事実ですわ。ですが、常に雅の味方ですわよ。わたくしたちは雅を護るために存在するのですから……。それを忘れないでいて下さいませ」
 木蓮が柔らかい口調で雅に告げる。
 言葉に虚偽はないのだろう。
《ソロモンの壺》を持つ雅を守護することは、ベリアルの目論見を阻止する術でもある。
 延いては《第二次創世記戦争》勃発を忌避することにもなる。
 もっとも、創世記戦争が巻き起こることについては、天魔たちに異論はないのかもしれないが……。
 だが、冬子にしてみれば、そんな物騒な戦など起こらない方が有り難い。
 世界に甚大な変革をもたらす戦争など起こってほしくないし、その引き金となるものに多少なりとも関わるのは御免だった。
 今日の悪魔襲撃だって、冬子は巻き込まれただけなのだ。
 これ一度きりで、自分に余波が及ぶのは終わりにしてもらいたい。
 自ら危険に首を突っ込むほど、冬子は無謀でも無知でもない。
 早々に桔梗屋敷を離れ、全てを忘れてしまうのが得策だ。

「あたし……頭痛くなってきた」
 軽く頭を振ってから、冬子は立ち上がった。
「とりあえず、あたしが判断できるのは、ここにいたらまた悪魔に襲われるってことだけね。あたし――自分の家に帰るわ」
 一同を見回し、宣言する。
 意外なことに、雅の驚いたような眼差しと出合った。
「あたし、ここには居られない。ここは、あたしとは無関係の別世界だもん」
 そう。関係のない世界だ。
 そして、決して関わってはいけない世界だ。
「だから、帰るわ」
 雅を見据えながら、冬子は自身に言い聞かせるように一語一語はっきりと発音した。
「ホントに出て行くのかよ、冬子?」
 物言わぬ雅の代理だとでもいうように、操が真摯な眼差しを注いでくる。
「あたしには関係ないもの。今日あった出来事も、聞いた話も――全部忘れてしまいたいの。ううん、忘れるべきだわ。あたしは、ごく普通の女子大生で、普通の人間なの。幽霊も宇宙人も悪魔も――信じない」
 操の視線から顔を背けるようにして、冬子は呟いた。
「その目で見たのに、オレたちの存在を否定する気かよ?」
「だって、しょうがないでしょう! あたしに、どろうしろって言うのよ? 悪魔の実在を信じろ――って、いきなり言われても無理よ!」
 責め立てるような操の声に、思わず冬子も声を荒げてしまう。
「あたしは普通の人間よ。もう今日みたいなのは嫌なの! ここから出て行きたいのよ! 雅さんは得体の知れない魔術師。みんなは悪魔。普通じゃないわ……化け物ばかりじゃない。ここは、噂通り化け物屋敷なのよっ!」
 冬子は、自分に集中する視線を振り切るように矢継ぎ早に言葉を捲し立てた。
 直後――
 しん、と室内が静まり返る。
 皆の哀しむような憐れむような眼差しが、痛いほど胸に突き刺さった。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.07.02 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。