ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「――あっ……!」
 胸を押し潰すような痛みが襲う。
 あまりの衝撃に、紫姫魅はカッと目を見開いた。
 唐突な夢の終わりは、重苦しい鈍痛を伴い、肉体を強引に眠りから目醒めさせる。
 あまりに生々しい夢の感触。
 遙か昔の記憶だ。
 秘密の宝箱の鍵をこじ開けられ、その中身を不粋にも他人に撒き散らされたかのような怒りと哀しみが、夢から覚めた今も胸にありありと残されている。
 紫姫魅は、ここが現実の世界かどうか確かめるように数度瞬きを繰り返した。
 浮き彫り紋様が美しい、見慣れた純白の天井。
 己の身体は、清潔な敷布と柔らかい毛布に包まれている。
 慣れ親しんだ自室の寝台の中だった。
 ――夢か……。
 ホッと安堵の息を吐く。
 百年以上も前のあの日から、毎日のように妖魔が見せる悪夢。
 交わした契約を忘れさせないようにするための小賢しい細工だ。
 おかげで、自分は毎日毎夜、忌まわしき夢世界で罪の意識に苛まれ、じわりじわりと精神を蝕まれている……。
 ――今日も助けられなかった、あの少年を……。
 紫姫魅は身の裡から湧き出てくる罪悪感に、軽く眉根を寄せた。
 夢の中で、自分はいつも無力だ。
 何度少年を助けようと躍起になっても――結果は同じ。
 少年は紫姫魅の助けなど必要とせずに、剣で胸を貫いて自害してしまう……。
「――紫姫魅様?」
 ふと、間近で聴き慣れた声が響く。
 紫姫魅は夢の余韻を引き摺りながら緩慢に首を巡らせ、声のした方に視線を向けた。
 悧魄が不安げな眼差しを自分に注いでいた。
「悧魄……」
 声に出して名前を呼んだところで、ようやく紫姫魅は現実を認識した。
 ――いや、助けたのだ。だから、こうして目の前にいる……。
 胸に刺すような痛みが生じる。
 あの悪夢の結末が、真実ではなかったことだけが救いだ。
 そう、自分は助けたのだ。あの少年を――
 紫姫魅は混迷していた理性と自我をゆっくりと取り戻し始めた。
 神にもなれず、人にもなれずに、生きることを放棄しようとしていた少年。
 神人だというだけで、天界と下界の双方から見放された少年。
 あまりにも少年が不憫に思えたのだ。
 死なせるには――少年は幼すぎた。
 父と母が少年を愛することを拒み、捨てたのならば、せめて自分だけでも少年に愛情を注いであげたかった。
『愛される』ということを知らずに死んでほしくなかったのだ。
 たとえ妖魔に魂を売ることになろうとも、少年を救いたかった。
 思い返してみると、自分にしては珍しく感情的かつ感傷的な行動だった。
 胸を短剣で突き刺した少年を城へ連れ帰り、傷の手当てをし――そして、それまでの少年の記憶を全て封印した。
 少年は、己が《妖魔の森》に捨てられた神人であることや死を渇望していたことなど、一切覚えていない。
 万が一、少年の記憶が甦った時――その時が訪れることが、とてつもなく怖かった。

 少年は、紫姫魅を恨み、憎むだろうか?

 それとも、もう一度死にたいと願うだろうか……?

 絶えず不安と恐怖がつきまとう。
 だが、後悔はない。
 少年と出逢ったことに感謝さえ覚えている。
 百年という歳月は、二人の間に目に見えぬ強い絆を結んだのだ。
 自分を慕い、信頼を寄せてくれている少年が愛しい。我が子のように。
 それなのに、今の今になって妖魔が契約を履行しにやってきた。
 気づいたのは、天王に叛旗を翻す数日前――己の裡に自分ではない何者かの声を聴いた。

 狂え、壊せ、殺せ――

 そう呪わしく囁くのは、忘れるはずもない魔人の声。
 百年の間に徐々に同化は進んでいたらしく、魔人の妖しき声は紫姫魅の裡に強く根づき、払拭することは不可能だった……。



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2009.07.03 / Top↑
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