ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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Ⅵ.魔道書の行方



 真夏の大雪から三日後――空は快晴。
 気温は優に三十度を超している。
 正に真夏日の今日、杉並区にある砂波家では砂波隆一夫妻の葬儀が執り行われた。
 午前中に近くの寺院で葬儀が行われ、出棺。遺体を荼毘に付し、納骨――全てが滞り無く終了した後、砂波家一同は隆一の家に集結していた。
 喪服から普段着に衣を改めた後、冬子は二階にある自室へと足を運んだ。
 傍には雅と木蓮がいる。
 冬子を心配して、雅と木蓮が昨夜の通夜からずっと傍にいてくれているのだ。
 悪魔の襲撃があった翌日、冬子は皆に暴言を吐いてしまった非礼を詫びた。
 皆は、それをアッサリと赦してくれた。
 そんな出来事などなかったかのように、常と変わらず接してくれるのだ。
 冬子にとっては有り難いことだった。
 今では、冷え切った親類たちよりも『化け物』と罵ったはずの悪魔たちと共にいる方が心が安らぐ。信頼できる気さえしていた。
「まあ、シンプルなお部屋ですわね」
 ぐるりと室内を一眺めして、木蓮が数度瞬きを繰り返す。
 木蓮の言う通り、冬子の私室は至って簡素な様相を呈している。
 大きな窓の傍らに水色のカバーをかけられたベッド。
 中央に小さなガラスのテーブル。
 右の壁にはパソコンを置いたデスクがあり、反対側には本棚と額に入れられたアルフォンス・ミュシャのポスターが飾られている。
「色気のない部屋だな」
「色気がなくてスミマセンね。雅さんの乱雑な書斎よりは、いいと思うけど」
 ボソッと呟いた雅にさり気なく言い返し、冬子はクローゼットへと足を進めた。
 勢いよく扉を開け、中に鋭い視線を向ける。
 ――あの本、どこに仕舞ったんだっけ?
 脳裏に真紅の本を思い浮かべながら、冬子は必死に記憶を手繰ろうとした。
 倒れた時に夢で過去を見たせいか、ずっと心に引っ掛かっていた。
 大切な物だったのなら棄ててはいないはずだ。
 きっと、この部屋の何処かに埋もれているに違いない。
 冬子はクローゼットを占める洋服を手に取り、片っ端から部屋に放り出した。
「何だ。意気消沈してるのかと思えば――いきなり部屋荒らしか?」
 雅が呆れたように溜息を吐き出す。
「子供の頃持っていた本を探すのよ。とっても大切な本だったの」
 素っ気なく応対しながら、冬子はクローゼットの中を漁り続ける。
「では、わたくしもお手伝い致しますわ」
 木蓮が楽しげに言い、室内を軽く眺め回す。
 彼女は壁際の本棚に目標を定めたようだった。
「う~ん……クローゼットじゃないみたい」
 クローゼットの洋服を全部放り出し、十分ほど中を物色した後、冬子は唸るように呟いた。広いクローゼットの中には、本を隠しておけるような場所は見当たらない。
「冬子。この本、随分と厚さがありますわね」
 ふと、木蓮が本棚の奥から一冊の分厚い書物を取り出す。
 そちらに視線を流し、冬子は彼女が手にした本を何気なく眺めた。
「ああ。それは『広辞苑』――辞書よ」
 悪魔である木蓮には馴染みがないものなのかもしれない。
 簡潔に説明した直後、冬子は大きく首を捻った。
 随分とくたびれ、古びた『広辞苑』だ。
 それを手に入れた記憶もなければ、本棚に並べた記憶もない。
 冬子は反射的にパソコンデスクを振り返っていた。
 パソコンの横には、数年前に購入した『広辞苑』第五版がちゃんと置いてある。
「それ、第二版よね。あたし、古い方の『広辞苑』なんて知らないわよ」
 背表紙に目を留め、眉をひそめる。
 怪訝に思い、冬子は木蓮の傍に歩み寄った。
「冬子。これ――中にもう一冊本が入っていますわよ!」
 新しい発見に、木蓮が驚いた声をあげる。
 ハッと冬子は目を見開いた。
 木蓮が開いた『広辞苑』の中身は、綺麗に刳り貫かれていた。
 そして、その中には題名のない赤い装丁の書物が納められていたのだ。
「これだわ、これっ! 自分で隠したんだろうけど――すっかり忘れてるなんて、バカね、あたし!」
 冬子は書物を発見した喜びに目を輝かせ、木蓮から奪うようにしてそれを手に取り上げた。
 題名も著者名も刻まれていない赤い本は、紛れもなく夢に出てきた書物だ。
 幼い冬子が大事そうに抱えていた書物と同一の物だ。
「あ、あらあら……まあ、どうしましょう! これは……《アッピンの赤い書》ですわ!」
 突然、木蓮が驚愕そのものの声をあげ、書物を凝視する。
「――えっ?」
「まさか……!」
 冬子と雅の声が重なる。
「確かなのか、木蓮」
 信じられないように、雅は赤い書物を食い入るように見つめている。
「ええ……。遙かな昔、バアルに一度だけ実物を見せていただいたことがありますわ。間違いありませんわよ」
「本当か! こんなところに流れ着いていたとは……。やっと――ようやく出逢えた」
 雅が感嘆の声を洩らす。
 彼の端正な顔には、冬子が初めて見るような明るい笑みが浮かんでいた。
 まるで、希望の光が射した、と言わんばかりの晴々とした表情だ。
「悪い。ちょっと貸してくれ」
 逸る気持ちを抑えられない様子で、雅が冬子の手から書をひったくる。
 緊迫した面持ちで書を眺め、雅はひどくゆっくりと表紙を捲った。
 数秒後、彼の柳眉が険しく寄せられた。
 書は――白紙だったのだ。
「何だ、これは?」
 雅が表情を曇らせ、焦ったように他のページをパラパラと開く。
 だが、視界に入ってくるのは真っ新な紙面だけだ。
「どういうことだ?」
「あぶり出し――とか?」
 冬子が真摯に雅に提言する。
 だが、それは雅の鋭い一睨みによって瞬時に却下された。
「悪魔があぶり出しなんか使うわけないだろ。白紙の理由が解るか、木蓮?」
 心底不思議そうに雅が木蓮を見遣る。
 しかし、木蓮も表情を曇らせるだけだ。
「解りませんわ。書に綴られた文字を読むには、何か特別な呪文が必要なのかもしれませんわね……。何か覚えていませんの、冬子?」
「えっ? 何も知らないわよ。これが何だったかのさえ覚えてなかったのよ、あたし」
 木蓮に問われ、冬子は慌てて両手を振った。
 これが《アッピンの赤い書》だということ自体、初耳だ。
 何故、自分がこれを実の母から託されたのかも皆目見当がつかない。
 そもそも実の母親が誰なのかも全く解らないのだ。
 冬子を頼りにされても困るというものである。
「……色々試してみるしかないってわけか」
 雅が芳しくない表情で呟き、書を冬子の手に戻す。
「とりあえず、これは冬子の本だ。ゆっくり調べたいから、家に帰ったら貸してくれ」
 他人にものを頼む時も不遜な口調の雅に、冬子は苦笑いで頷いた。
 冬子が持っていても役に立ちそうもない書物だ。
《悪魔学》を研究する雅にこそ、この書物は相応しいのだろう。
「兎にも角にも、見つかって一安心ですわね。それは、ルシファー様やわたくしたちにとっても大切な書物ですが、冬子にとってはもっと大事なものですものね」
 木蓮が柔らかく微笑む。
「うん……。ホントのお母さんから貰った本みたいなんだ」
「本当のお母様――?」
 不意に、木蓮が双眸を細める。
 哀しみと愛情が入り混じった不思議な輝きを灯していた。
「えっ? あ……ホントのお母さんが誰かも覚えてないんだけどね」
 冬子は木蓮の些細な変化をさして気にも留めず、苦い笑みを湛えた。
 実の母親のことは覚えていない――思い出せない。
 だが、この書物は間違いなく母が授けてくれたものだ。
 中のページが全て真っ白なのは依然として謎だが、この本を大切にしなければならない。
 冬子は、それが母の分身であるかのように強く書を抱き締めた。



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2009.07.04 / Top↑
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