ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ――天使だ。
 物凄い速度で天を駆けてくる騎影を見つめ、冬子は胸中で呟いた。
 翼を持たない巨大な馬が自由奔放に天を駆けている。
 その背に、銀色に輝く髪を靡かせた青年が騎乗していた。
 背に大きな純白の翼が生えている。但し、翼は片方――左側にしか存在していなかった。
「ま、まさか、セーレ様っ!?」
 マカバルの全身が雷に打たれたように激しく震える。動揺と狼狽が強張った顔を掠めた。
 巨大な鹿毛の馬は、力強く天を蹴って接近してくる。
 額に白星、後ろ脚だけが純白の美しい馬だ。
 馬の背で青年が腰に帯びた鞘から剣を抜き払う。
 青年は片手だけで巧みに手綱を操り、もう一方の手で剣を一閃させた。
「うわっっ!」
 次の瞬間、冬子の身体は宙に放り出されていた。
 落下する恐怖に見開いた目に、血飛沫を上げながら宙を舞うマカバルの腕が映る。
「ベイヤール!」
 玲瓏のような声が、馬上の騎士から発せられる。
 冬子の真横を疾風の如き速さで馬が駆けた。
 フワリと身体が優しく抱き留められ、鄭重に馬の背に乗せられる。
「大丈夫ですか?」
 青緑色の宝石のような双眸を持つ青年が、心配そうに冬子の顔を覗き込む。
 その天使のような美しさに冬子は驚愕し、胸を大きく弾ませた。
「だ、大丈夫よ。も、も、もしかしなくても――碧くん?」
「はい。ルシファーが七十二将――第六十八将軍セーレです」
 青年――連城碧が柔和に微笑む。
 桔梗屋敷の最後の住人が、たった今、帰ったきたのだ。
「碧! オーイ、碧!」
 地上では、操が彼の帰還を喜ぶように大きく手を振っている。
 そちらを一瞥し、
「アレは無視しておきましょう」
 碧は無感情に告げ、馬首を巡らせた。
 向かい合った先には、切断された腕をもう一方の手に持つマカバルの口惜しそうな姿がある。
「何故です……? ベリアル様の信頼篤き貴方が邪魔をなさるのですか、セーレ様」
 マカバルの声音には明らかな非難が含まれていた。
「貴方はベリアル様と志を同じくしてヤハウェに背き、《創世記戦争》に参戦したはずです。それをお忘れですか? ベリアル様のために自ら進んで堕天使の道を選んだ貴方が、何故邪魔を……? その翼を引き抜かれた痛みを、お忘れですか?」
 マカバルの意味深な言葉に、冬子は思わず碧を見上げた。
 マカバルの言葉から察するに、碧は元来ベリアル側の天魔らしい。
 それなのに雅に与し、任務を妨害されたことが、マカバルには到底信じられないのだろう。
「黙れ、ザコがっ! セーレはベリアルの人形や玩具じゃないぞ!」
 地上から操が怒鳴り声を放つ。
 その言葉に、碧の秀麗な眉がピクッと反応を示した。煩わしげに操を睨めつけてから、マカバルへと視線を戻す。
「ベリアル様については、何も語ることはありません。確かに僕は、かつてベリアル様のために天使であることを捨てました。ですが、今は地上に召喚された――ただの天魔です。雅だけが僕の主人なのです。解ったのなら、さっさと退きなさい」
 碧が完全に感情を抑制した声音で冷淡に告げる。
 碧の無感情な眼差しに射竦められ、マカバルは悔しげにギリリと歯を噛み締めた。
「……いいでしょう。この場はセーレ様に譲りましょう。ベリアル様が寵愛する貴方を傷つけるほど、わたくしも愚かではありませんからね。ですが、事の次第はしっかりと報告させていただきますよ」
「ご自由に。今の僕には、ベリアル様は遠い御方ですから――」
 碧の一言に、マカバルが怒りに顔を紅潮させる。
 だが、それ以上の反撃はせずに碧を一睨みすると、スッと虚空に姿を消してしまったのだ。
 首領であるマカバルの退散に合わせて、他の下級魔たちも次々と薄闇に姿を紛れさせてゆく……。
「地上に戻りましょうか。ああ、この姿では仰々しいですね」
 碧が冬子に微笑みかける。
 冬子にはどんな仕組みになっているのか全く理解できないが、彼は片方しかない翼を瞬く間に消し去った。多分、魔術の一種なのだろう。
 驚く冬子に再度微笑みかけ、碧は馬を駆らせ始める。
 馬は碧の意志を汲んだように、優雅に地上へと舞い降りた。
「木蓮。道を開いてくれて、ありがとうございます」
 碧が冬子を腕に抱いたまま、軽やかに地上に舞い降りる。
 冬子を地面に降ろすと、彼は木蓮に向けて軽く頭を下げた。
「碧! 遅いぞ、おまえっ!」
 操がバタバタと勢い良く駆け寄ってくる。
 突進してくる操を見て、碧は微かに顔を引きつらせた。
 それから、思い切りツンと顔を逸らすのだ。
「何だよ、おまえ? 久々に逢ったっていうのに、無視することはないだろ!」
「余計なことを口走るような人とは、口を利きたくもありません」
「あ? ベリアルのことか? そんなもん気にすんなよ。――っと、ベイヤール、無事に見つかったんだな! 数千年振りの再会だ。オレにも乗らせろよ」
「汚い手でベイヤールに触れないで下さい」
 馬の手綱を取ろうとした操の手を、碧が厳しく叩き落とす。
「ねえ……。あの二人、親友じゃなかったの?」
 冬子は唖然としながら雅を振り仰いだ。
 冬子と目が合うと、雅は一瞬気まずそうに目を逸らした。
 ユーリのことを曝露してしまったことが、心に引っかかっているのだろう。
 だが、彼はすぐに気分を切り換えたように軽く肩を竦めてみせた。
「さあな。強いて言うなら、操の片想いだろ。碧はベイヤール至上主義だからな」
 応じる雅の顔は、いつも通り無愛想なものへと戻っている。
 何となく、冬子は安堵した。
 怒りに狂う雅の姿を長く目にしているのは、苦痛に近いものがある。
「ベイヤールって、行方不明になってた碧くんの愛馬?」
「そうだ。翼を持たずして天を翔る名馬――伝説の地魔ベイヤールだ」
 ベイヤールを実際に見るのは、雅も初めてのことらしい。興味深そうな眼差しをじっと鹿毛の馬に注いでいる。
 ――あの馬も魔物の一種なのね……。
 心の中で苦笑しつつ、冬子もベイヤールへと視線を転じた。
 操と碧は、まだ何かを言い争っている。
 ――これで、桔梗屋敷の住人が全て揃ったってわけね。
 胸中で独り言ち、冬子は《アッピンの赤い書》を抱き締め直した。
 悪魔の襲撃――それは、この書と《ソロモンの剣》がある限り、繰り返されるのだろう。
 屋敷を守護する天魔が増えたからといって、決して油断はできないのだ。


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2009.07.04 / Top↑
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