ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 雅に促されて到着したのは、二階右翼棟にある一室だった。
 扉の前で立ち止まった雅を、冬子は怪訝そうに見上げる。
 そこが、操の私室の隣――《開かずの間》だったから懸念が芽生えたのだ。
「雅さん。ここって、化け物が住み着いてる《開かずの間》じゃなかったの?」
 桔梗屋敷生活の初日、雅にそう脅かされた記憶が甦る。
 以来、この扉には近寄ったこともない。
 雅の脅しには半信半疑だったが、やはり無意識的に避けてしまっていたのだ。
「あれは、冬子をこの部屋に寄せつけないための方便だ」
 悪びれた様子もなくサラリと告げ、雅は鍵穴に鍵を差し込んだ。
 冬子の恨みがましい視線も意に介さずに解錠し、扉を開く。
 瞬間、開け放たれたドアの向こうから冷気が流れ出してきた。
「寒い……。ねえ、何があるの?」
 冬子は反射的に腕をさすっていた。鳥肌が立つほど冷えた空気が室内から漏れている。
 一体、《開かずの間》には何が隠されているのだろう?
 冬子は不安と興味の相俟った眼差しで雅を見上げた。
「桔梗屋敷の――いや、俺の秘密だ」
 冬子の視線を受け、雅が薄く微笑む。
 自嘲の翳りが端正な顔を哀しく彩った。
 室内に足を踏み入れてから、雅が冬子を誘うように振り返る。
 冬子は無言で頷き、雅に従った。
 あんな顔を見せられると、何も言えない。
 雅の秘密が何なのか、朧だが予測はついた。
 雅が激しい怒りや痛切な哀しみを露呈するのは――ユーリ絡みの時だけだ。
 
 ここは、禁断の園。

 雅とユーリの閉ざされた空間だ。
 昏い室内には凍て付くような冷気が漂っていた。冷蔵庫の中にいるようだ。
 肌に纏わりつく寒気に、冬子は再び身を震わせた。
 隣で雅がパチンと指を鳴らす。
 すると、瞬く間に室内の随所に設えられた燭台に一斉に火が灯った。
 揺れる蝋燭の炎によって、室内が照らし出される。
 明るくなった室内を見回して、冬子は大きく息を呑んだ。
 緊張と驚愕に一気に鼓動が速まる。
 部屋一面が青紫色に輝いていた。
 夥しい数の桔梗が室内を埋め尽くしているのだ。
 冷気のせいで凍て付いているのか、蝋燭の炎を受けて花弁がキラキラと輝いている。
 桔梗園の中央には天蓋付き豪奢なベッドが一つ――
「雅さん……」
 桔梗の花に飾られたベッドの中を見て、不意に冬子は泣き出したい衝動に駆られた。
 漠然とした哀しみと畏れが胸中に芽生える。
 縋るように雅を見るが、彼は何も告げない。
 衝撃に唇を震わせる冬子の手を引き、彼は静かにベッドの傍らに移動した。
「ユーリなの……?」
 桔梗の青紫の中、緋色のドレスが広がっている。
 絹のような光沢を放つ、金色の長い巻き毛。
 白く美しい貌――
 ベッドには一人の女性が横たわり、静かに眠りに就いていた。
 悪魔の乙女――ユーリだ。


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2009.07.05 / Top↑
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