ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「操から聞いてるだろ。これは……ユーリの抜け殻だ」
 雅が感情を抑えた眼差しでユーリを見つめ、訥々と語り出す。
「綺麗な人ね」
 恐る恐るユーリの白い頬に手を伸ばす。
 冷たい肌に触れた途端、冬子は全身をビクッと震わせた。
 一瞬、電流のようなものが体内を走り抜けたのだ。
 ――あたし、この人を知ってる……。
 愕然と目を見開き、ユーリを凝視する。
 不思議なことに、奇妙な懐かしさが込み上げてきたのだ。
 遠い、遠い昔……彼女と何処かで出逢ったような感覚。
 木蓮に感じた既視感とは別種のようだ。
 だが、心の奥底に眠る『何か』が確かにユーリを認識していた。
「八年前からずっと《器》はここで眠っている。魔術で冷凍させているんだ」
「でも、ユーリは亡くなってるんでしょう? それに悪魔に肉体なんてあるの?」
 雅の声にハッと現実に立ち返る。
 冬子はあやふやな感覚を払拭するように軽く頭を振ってから、雅に視線を移した。
「操や木蓮の身体に違和感を感じたことがあるか?」
「ううん……。普通の人間と変わらないように見えるわ」
「高位の悪魔は人間界に召喚されると、実体を得るらしい。どういう仕組みかは知らないが、木蓮たちは人間と殆ど変わらない肉体――器を持っている。そして高位の悪魔ほど不死に近くなる」
「どういうこと?」
 雅の言わんとするところが掴めなくて、冬子は顔をしかめた。
「器が死んでも魂は消滅しないらしい。魂はやがて新しい器を形成させ、完全に復活を遂げる」
「つまり、仮に木蓮さんが死んだとしても、いつかは同じ木蓮さんとして甦るってこと?」
 頭の中で整理がつかず、冬子は渋面を造った。
 度々襲撃してくる下級魔たちは、肉体の消滅と共に魂も滅びるのだろう。
 だが、天魔クラスの甚大な力を誇る悪魔たちは違うのだ。
 肉体を失っても魂は生き続け、時を経て蘇生する。
 仏教で言うところの『転生輪廻』に近いのかもしれない。
「まあ、そうだな。魂を失った器を保持しておいて、魔術で強引に魂を喚び戻す――という方法もあるけどな。これだと時を待たずして再生させることができる」
 雅が双眸に鋭い光を宿し、厳然と言葉を放つ。
 その視線は、何かを渇望するようにじっとユーリの顔に据えられていた。
「もしかして、ユーリを復活させるために身体を冷凍保存してるの?」
 冬子は雅が望んでいるものを悟り、畏れるように問いかけた。
 雅はユーリを生き返らせるためだけにこの屋敷に閉じこもり、ひたすら《悪魔学》の研究に勤しんでいたのだろう。
 悪魔の女を愛し、失い――今度はそれを甦らせようとしている。
 常軌を逸した行為であり、心情だ。
 冬子には理解できない。
 ある意味、それは狂っているようにも感じられる。
 時折、雅の瞳を掠める危険な輝き。
 彼を狂気の淵に追い込んだのは、愛するユーリの《死》だったのだ……。
「そうだ。ユーリは俺が初めて召喚した悪魔だ。悪魔を喚び出してみようと思ったのは、ほんの興味心からだった。そしてユーリに出逢い、互いに惹かれ合った……。それが悪いことだとは思わない。ユーリは、俺が愛し、俺を愛してくれた、掛け替えのない存在だ……。だが、八年前、あのマカバルによって殺された」
 雅の顔が堅く強張る。
 愛する女性を奪ったマカバルに対する強い憤怒と憎しみが、端正な顔を歪ませていた。
「当時の俺には、ユーリの身体を保存することしかできなかった。それが精一杯だった。力がなかった。無知だった。未熟だったんだ。魂を喚び戻す術を……俺は知らなかった」
「でも、今は知ってるのね?」
 確認するように呟くと、雅はひどく緩慢に頷いた。
「じゃあ、どうしてユーリは甦らないの? 術を試してみたんでしょう?」
「何度も試した。だが……全て失敗に終わった。俺はユーリの《真実の名》を知らない。最も重要な要素が術に欠けているんだ。ユーリはバアル配下の悪魔だから、彼女の真名を知るためにはどうしても《アッピンの赤い書》が必要だった」
 苦痛に耐えるように雅は唇を噛み締めた。
 眼差しはユーリに注がれたまま離れない。
《アッピンの赤い書》には、バアルとその配下の《真実の名》が全て記載されていると伝えられている。
 雅が執拗な興味を書に示したのは、ユーリの《真実の名》を見出すためだったのだ。
《真実の名》が判明すれば、蘇生術は成功する。
 だが、雅は一つ忘れている。
 蘇生術が成功しなかった、もう一つの理由――ユーリの魂そのものが既に消滅してしまっている、という可能性を……。
「《アッピンの赤い書》が鍵なのは解るわ。でも、術が成功しなかったのは――」
「解ってる。ユーリの魂が完全に消滅してしまってる可能性は、俺も考えた」
 懸念する冬子の言葉を、雅が素早く遮る。
 言葉を紡ぐ彼の横顔は、痛々しいほどに切羽詰まっていた。己れでも重々承知しているのだ。その可能性が強いことを。
 冬子はいたたまれなくなり、雅から視線を引き剥がした。
 必然的にユーリへと目が向く。
 彼女を守護するように散りばめられた桔梗の花が、物悲しく瞳に映った……。
「桔梗の花言葉――変わらぬ愛。永遠の愛、ね……。雅さんはユーリのことを愛してるのね。でも、永遠なんて……この世に永遠なんてないわ」
 決して雅を責め立てるつもりはなかったのだが、無意識に本音が口をついて出た。
 ユーリを純粋に愛したがゆえに、それを失い、時を経た今、雅の愛情は妄執へと変貌を遂げた。
 雅は、ユーリと暮らした過去にしか生きていない。
 彼の時は八年前で止まってしまっている。
 過去に縛られている。
 ユーリへの強い想いに心を囚われている。
 果たして、それはユーリが望んだことだろうか?
 その身を挺して護るほど、ユーリは雅に深い愛情を抱いていた。
 愛する雅の現状を、ここにはない彼女の魂はどう受け止めているのだろう?
 きっと嘆いているに違いない。
 現実と狂気の狭間に雅を追い込むことが、ユーリの本望ではなかったはずだ。
 彼女は、愛しい雅の幸福な未来を、ただひたすら祈っているのではないだろうか?
「何が真実で何が間違っているのか――俺にはもう解らない。俺にとっての現実は、俺がもう一度ユーリに逢いたいと切望している――ただそれだけだ」
 辛酸を舐めさせられたような苦い口調で、雅が低く呟く。
 彼はベッドの端に腰かけ、愛しいユーリの抜け殻にそっと手を伸ばした。
 美しい頬に手を添え、苦毒を呑み干したように悲痛に眉根を寄せる。
 僅かな沈黙の後、その唇が『解ってる』と力無い言葉を発した。
「永遠なんて、この世には存在しない。出逢いがあれば、当然別れが訪れる。この世にある全ては、いつかは滅びる……。それでも、俺はもう一度ユーリに逢いたい。永遠などないことを知っていてもなお、《アッピンの赤い書》に一縷の望みを託さずにはいられない」
「……解った。協力するわよ」
 一心にユーリだけを見つめる雅の姿を見て、冬子は半ば自棄になりながら言葉を紡いだ。
 雅は充分に理解している。
 彼は疾うの昔に決断し、覚悟を決めているのだ。
 最後の手段――《真実の名》を唱え、ユーリを復活させること。
 それが成功しようとも失敗に終わろうとも、現実を受け止める気構えはできているのだ。
 もしかしたら、《アッピンの赤い書》に最後の望みを託すと同時に、結末をも委ねているのかもしれない……。
 とにかく、彼がユーリに対する想いに決着をつけようとしている、その真摯さだけは冬子にも伝わってきた。
「ありがとう」
 雅がユーリに視線を向けたまま低く呟く。
 冬子も雅も、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。
 静寂が室内を支配する。
 二人は、桔梗に囲まれて眠るユーリを長い間見つめ続けていた……。



     「Ⅷ.ソロモンの剣」へ続く



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2009.07.05 / Top↑
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