ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 冬子が部屋に突入するのと、早紀が壁に掛かる《ソロモンの剣》に手を伸ばしたのが、同時だった――
「早紀! ダメよ、それはっ……」
 咄嗟に冬子は早紀に飛びつこうとした。
「これが《ソロモンの壺》――剣だから?」
 早紀がせせら笑う。
 彼女は敏捷に《ソロモンの剣》を掴み取り、ヒラリと身を躱わした。
「わっ!」
 目標物を失い、冬子は情けなくも不様に床に転倒した。
 床に膝を着いたままの姿勢で、慌てて早紀を仰ぎ見る。
「返して! それは雅さんの剣よ!」
 薄笑いを浮かべて自分を見下ろす早紀を、冬子は睨みつけた。
 悪魔に乗っ取られているという木蓮の言葉が真実なら、これは早紀の姿をした悪魔ということになる。
 だが、怯えはなかった。
 己れの過失で、雅の大切な剣を奪われるわけにはいかない。
 早紀の身体と心が支配されているという事実も耐え難い。
 怒りが、冬子の心に激しく渦巻いていた。
「早紀を返して! あんた、早紀じゃなくて悪魔なんでしょう? 早紀から離れなさいよ」
「馬鹿な、冬子。今頃、気づいても遅いわよ。《ソロモンの剣》は貰ったわ。ついでに《アッピンの赤い書》とセーレ様も、ベリアル様のために貰っていこうかしら?」
 早紀が意地の悪い笑みを浮かべ、蔑むように冬子を睥睨する。
「どれも、あんたになんか渡さないわ!」
 怒りに燃える眼差しで、冬子は早紀を――早紀の中に潜む悪魔を見据えた。
「あら、冬子に何ができるっていうの?」
「……確かに、あたしには、あんたたちのように特別な《力》はないわ。それでも――これ以上、大切なものを奪われるのは御免だわ! あんたが何者か知らないけど、あたしは絶対にあんたを赦さない!」
 冬子は苛烈な眼差しで早紀を睨み、激昂した。
 早紀に取り憑いた悪魔が何者であろうとも、赦すわけにはいかない。
 ベリアル配下の悪魔だということだけで、怒りと憎悪に値する。
 ベリアルのせいで愛する養父母は死に追いやられたのだ。
 絶対に赦すわけにはいかなかった。
 この上、更に大切なものを奪われるなんて耐えられない。
 大好きな早紀も、実の母が遺してくれた魔道書も、雅の《ソロモンの剣》も、桔梗屋敷の住人も――決して奪わせてはならないのだ。
「赦せないわ!」
 キッと早紀を睨めつける。
 胸中に、敵意と憎悪、そして怨嗟の念が吹き荒れていた。
「相変わらず、正義感だけは強いのね。でも、それは偽善だわ。欺瞞よ。わたしの心に闇が巣くっているのも気づかなかったくせに。よく言えるわよね」
 軽蔑も露わに、早紀が鋭利な言葉を放つ。
 口角が皮肉を具現するように、引きつれた笑みを形作った。
「どうして……どうして早紀だったのよ?」
 早紀の言葉が胸に痛い。
 それは、決して間違ってはいない――事実だ。
 冬子は早紀の心が闇に染められつつあることに気付かなかった。
 雅に『早紀の心が負の方向に偏ってる』と指摘された時でさえ、『早紀に限って、そんなことあるはずがない』と高を括っていたのだ。
 早紀の心が悪しき闇に染められるなど、塵ほども懸念していなかった。
 そうなる心因があることさえ疑わなかった。
 ――傲りだ。
 もしも、早紀の心を苦しめる存在に気付いていれば、早紀が悪魔に乗っ取られる事態など勃発しなかったのかもしれない。
 もっと早く、自分が早紀の変調に気づいていれば……。
「知らないの? わたしは、あなたのことが憎かったのよ、冬子。妬んでいたのよ」
 勝ち誇った声音で早紀が告げる。
 冬子は訪れた衝撃に息を呑んだ。

 ――早紀があたしを憎んでいた……?

「嘘よ……」
 唇がわなわなと震える。
 それだけ言うのが精一杯だった。
「真実よ。わたしはね……あなたより、ずっと前から椎名雅のことを知ってたの。出逢ったのは、わたしの方が先なのよ。なのに冬子は桔梗屋敷に住み、気付けばわたしよりあの人に近い場所にいた。そして、平気で――そうね、喜々として、あの人のことを語ったわね。わたしが、あの人に惹かれているのを知りながら」
 早紀がひどく静かに述べる。
 冬子は驚きに目を瞠った。愕然とした表情で、早紀を凝視する。
「知らなかったわ……。早紀が雅さんを好きだなんて、少しも知らなかったわ!」
 喘ぐような声が喉の奥からせり上がる。
 冬子は苦渋に顔を歪めた。早紀が雅に想いを寄せているなんて、全く知らなかった……。
「嘘よ。あなたは知っていたはずだわ」
 冷ややかな早紀の眼差しを受けて、冬子は再度恟然とした。
 今思い返してみると、早紀が桔梗屋敷――殊に雅のことを語る時にはどこか様子がおかしかった。
 毅然かつ沈着冷静ないつもの早紀とは、僅かだが異なっていた。
 ――兆しはあった。
 冬子は強く唇を噛み締めた。
 脳裏に、自分に向けられた得体の知れない思念のことが甦る。
 早紀と共にいた時にだけ聞こえた、不気味な呪いの声。
 自分に向けられた、あからさまな憎悪、憤懣、嫉妬。
 あれは、闇を育みつつあった早紀の荒んだ心が発した怒りの念だったのだ。
 そうだ――兆しはあったのだ。
 
 ――あたしは、ホントに気付かなかったんだろうか? 見過ごしていたんだろうか?

 ――気付いていたのに、素知らぬ振りをしていたんだろうか……?

 早紀に責められれば、知っていたような気がしてくる。
 だが、気付いたからといって自分に何ができたのだろうか……。
 葛藤するうちに、深い後悔と自責の念が胸の裡に芽生えてくる。
 無性に己れが腹立たしかった。
 それと同じほど、早紀に取り憑き、呪詛のような言葉を浴びせ続ける悪魔も憎々しくてならない。
 沸々と怒りが込み上げてきた。
「知っていたはずよ、冬子。わたしは、あの人の傍にいることのできるあなたに嫉妬してたのよ。あなたを――憎んでいたのよ」
「やめてよっ! 嘘を連ねるのはやめて!」
 バンッ! と両手で床を叩きつけ、冬子は厳しい眼差しで早紀を見上げた。
 激しい怒りに双眸が潤み、口許が小刻みに震える。
「早紀の顔で――早紀の口で、でたらめばかり言わないでよっ!!」
 昂然と早紀を睨めつける。
 それを早紀の嘲笑が一蹴した。
「偽りなんかじゃないわ。わたしは、あなたが、憎いの――」
 早紀の顔をした悪魔が、故意に歯切れ良く言葉を繰り出す。
 瞬間、冬子の中の怒りが一気に増大した。
 これ以上は耐えられない。
 早紀を騙る悪魔を殴ってやりたい衝動に駆られた。
 反射的に立ち上がり、大きく手を振り上げる。
「君が友人の肉体を傷付ける必要はないよ」
 不意に、平手を翳した手首を掴まれた。
 驚いて背後を振り返る。
 見知った顔に出会し、冬子は我知らず安堵の吐息を洩らしていた。



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2009.07.05 / Top↑
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