ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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序章



大陸暦一二八六年・晩夏――


 蝋燭の炎が揺れている。
 暗闇にポツリと咲く橙色の花は、ひっそりと揺れていた。
 昏く、冷たい――閉ざされた部屋。
 無機質な室内で揺らめく小さな炎を、一対の蒼い瞳が凝視していた。
 唯一、この部屋で生ある者。
 乱れた銀髪から覗く蒼い眼差しは、強い意志を秘め、怜悧に輝いていた。
 蝋燭の炎を見つめる続けることだけが、己れが『ここに在る』証明だというように……。

「……あれから……どれほどの時が流れたのだろう……?」

 ――解らない。

 唇から洩れた自問に、青年は静かに首を振った。
 両手で膝を強く抱え直す。
 途端、ジャラッと金属の鳴る鈍い音が、狭い室内に響いた。
 青年の両手足には、鉛の枷が施されている。動く度に、それが重々しい音を立てるのだ。
 忌々しげに手枷を一瞥し、青年は再び対面する壁に設えられた蝋燭に見入った。
 刹那、炎が視野一面に飛散する。
 同時に、封印したはずの過去の記憶が、心の蓋を開けて飛び出してくる。

 渦巻く火炎に焼かれる街。
 逃げ惑う人々の阿鼻叫喚。
 炎の中を果敢に敵兵に向ってゆく、兵士たちの鬨の声。
 怒号――断末魔の絶叫。
 焼け爛れる皮膚の、おぞましい臭い。
 炎上する――豪奢な王城。
 容赦なく生命を奪われてゆく城の住人たち。
 父と母と兄の生気のない首――首、首、首。

「やめろっ……!」
 過去の凄惨な残滓を振り払うように、青年は激しくかぶりを振った。
 ――あんなものは見たくない。もう二度と……もう二度と!
 青年は血が滲むほど強く唇を噛み締め、キッと蝋燭の炎を見上げた。
 ――狂ってはいけない。
 決して、狂ってはいけない。
 自分だけは狂ってはならないのだ。
 それは、赦されない。
 現実から逃避することなど、自分には赦されないのだ。
 生命の灯火を強引に吹き消されてしまった、何千何万の人々のためにも――
「私は……生きる」
 青年は、己れに言い聞かせるように言葉を紡いだ。
 ――生きなければならない。
 だから、毎日繰り返される拷問にも耐え、自害の念を何度も払拭してきた。
 青年は、一歩間違えれば破綻しそうな精神を奮い立たせ、現状の認識を始めた。
 毎日、幾度となく繰り返している確認だ。
 大陸暦一二八五年の春、自分は、両親と兄――そして、故国を失った。
 ここは、ロレーヌ三国の一つカシミア。その王都アリトラの白亜宮の地下牢。
 今現在、自分は敵国カシミアの囚人なのだ。
 何もかもを失って以来、ずっとここに閉じ込められている。この冷たい石造りの牢に。
「私には失うものは……もう何一つ……ない。何一つ……。いや――」
 ――まだ、大切なものが存在している。
 愛する妹は、あの災禍に巻き込まれず、生きたまま故国を出たはずだった。
 ――妹が何処かで生きている。
 それだけが青年に残された『希望』だった。
「私は……キールの――」
 自分の名を音に成そうとして、青年はふと唇を止めた。
 ……カツン、カツン、カツン。
 地下の廊下に足音が響き始めたからだ。

 先ほど食事が運ばれてきたばかりだから、食事係ではないだろう。
 誰か物好きな人間が地下に降りてきたのだ。
 ……カツン、カツン…………カツン。
 足音はピタリと牢の前で止まった。
 施錠を外すガチャガチャとした忙しない音。
 次いで、ギギギ……と重い軋みを立てて、鉄の扉がゆっくりと開かれた。
 燭台を手にした黒い影が、滑るように室内に侵入してくる。
「久しぶりだな」
 入室してきた長身の黒い影は、臆した様子もなく青年に歩みより、酷薄に微笑んだ。
 黒い髪と瞳の若い男だ。
「護衛もつけずに単身の訪問とは随分大胆だな」
 青年は揶揄するように言葉を口にし、挑むように男を見上げた。
 男の顔には冷笑が刻まれたままだ。
 男は燭台を床に置き、しげしげと青年の顔を見つめた。
「……血が出ている」
 男の冷たい指先が、青年の唇に触れる。
 青年の顔が不快に歪んだ。ゾッとするほど冷たい肌だった。
 ――この国には、魔王が棲んでいる。
 それが、目の前のこの男――カシミア王ラパスだ。
「報告だ、アイラ。余はロレーヌ全土の王となった」
 ラパスの言葉に、青年は更に顔をしかめた。
 疑惑の眼差しをラパスへと注ぐ。
「イタールは滅んだ。おまえの妹も死んだ」
「な……に……?」
 青年は瞬きをするのも忘我し、ラパスを凝視した。
 ラパスの一言が胸を鋭利に抉った。
 ――今、ラパスは何と言った?
『妹が死んだ』と、告げなかっただろうか?
「おまえの妹は死んだ。余が――この手で殺した」
 ラパスの両手が妙に優しく、労わるように青年の頬と銀髪を愛撫する。
「……嘘……だ……」
 青年は強い衝撃を感じ、それ以上の言葉を吐き出すことができなかった。
「嘘ではない、事実だ。首級は賊に奪われてしまったが、おまえへのせめてもの手向けとして切っておいた髪が残っている」
 ラパスは淡々と述べながら、懐から一つの紙包みを取り出す。
 開かれた包みの中身を見た瞬間、青年の全身から血の気が失せた。
 黄金の髪が一束、無造作に放り出されている。
「……嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だっ!」
 青年の口から絶叫が迸った。
 鉛の枷がついた手で、がむしゃらに黄金に輝く髪を掴み取る。
 太陽の如く眩い輝きを発する髪の束は、微かな血の臭いと――妹の香りがした。
 明るく微笑み、いつも自分の後をついて廻った、利発な妹の姿が脳裏をよぎる。
「……アーナス……アーナス、アーナスッ!!」
 青年は、我知らず妹の名を連呼していた。
 瞳から滂沱のように涙が溢れ出す。抑えることは不可能だった。
 妹の死――それは、この大地の一つの時代が終焉を迎えたことを意味する。
「おまえでも泣くことがあるのだな」
 ラパスの口から意外そうな言葉が零れる。
 青年は今までどんな拷問にも屈しなかった。
 泣くことはおろか、呻き声一つあげずに耐えてきたのだ。
 これまで耐えてきたのは、妹が生きていると信じていたからだ。
 だが、妹は黒衣の魔王に生命を摘まれてしまった。
「――殺せ」
 押し殺した声を咽喉の奥から発し、青年は鋭くラパスを睨めつけた。
「殺せ……私を殺せっ! 我が妹を手にかけた、その魔剣ザハークで!」
「それは、できぬな。おまえにはまだ利用価値がある。おまえは、この世でただ一人生き残ったキール王家の者。ギルバード王朝最後の王子だ」
「黙れっ!」
 青年はラパスの言葉を遮るように叫んだ。
 キール・ギルバード王朝最後の――その言葉が、今は酷く胸に重い。
 心が悲鳴をあげる。
「私は……私はっ――」
 青年は妹の髪を必死に握り締めながら、拳を石の床に打ちつけた。
 拳が切れ、ジワリと血が床に滲み出す。
 そのまま床に崩れ落ちそうになった青年の髪を、ラパスが力任せに引き上げた。
「おまえは――ギルバード・アイラ」
 涙に濡れた視界の中で、ラパスの双眸だけがじっと自分を見つめている。
 見つめていると魂まで吸い取られてしまいそうな、深い深い闇の色……。
「キールの第二王子だ」
 闇のような双眸が、青年を呪縛した――


     「1.魔城」へ続く



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2009.07.05 / Top↑
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