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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.05[21:22]
 己の肉体と精神には、妖魔が巣くっている。
 その事実を痛いほど実感しながら、紫姫魅は悧魄をじっと見つめた。
 ――それでも、あの時……この子を救えたのだから、それでいい……。
 自然と口許が緩む。
 うっすらと笑みを浮かばせた紫姫魅を見て、悧魄が首を傾ぐ。
「うなされていましたが――大丈夫ですか?」
「ああ。……おまえは、ずっとここにいたのか?」
「腕を掴まれていては、動きたくても動けませんよ」
 紫姫魅の問いに、悧魄が苦笑を浮かべる。
 彼に指摘され、紫姫魅は初めてその事実に気がついた。
 視線を腕へと流し、自分の手がしっかりと悧魄の手首を掴んでいることを確認する。
 ゆっくりと手を離しながら、『そんなに強く握り締めていたのだろうか?』と当惑せずにはいられなかった。悧魄の手首には、紫姫魅の手の痕が鮮明に刻印されているのだ。おそらく夢の影響だろう。
「すまなかった……」
 紫姫魅は簡素に謝罪し、上体を寝台から起こした。
「いいえ。それよりも――顔色がとても悪いですよ、紫姫魅様」
 悧魄が紫姫魅の肩をそっと手で支え、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「少し夢見が悪かっただけだ。……何でもない」
「……紫姫魅様、無礼を承知で申しますが――その……何か、俺に隠し事があるのではないですか?」
 悧魄の懸念たっぷりの声。
 紫姫魅は微かに眉根を寄せた。
「……何を言い出すかと思えば、そんな下らぬことか」
「俺にとっては、下らぬことではありません」
 悧魄は真摯な表情で切り返してくる。
「唐突に、どうしたのだ? 何をそんなに躍起になっている?」
 紫姫魅は、長い髪を手で掻き上げながら溜息を落とした。
 悧魄が己の過去について知りたがっているのは、解っている。
 だが、紫姫魅は敢えてそれに気づかない振りをし続けてきた。
 その詮索だけには絶対に応じられないし、最も悧魄に触れられたくない痛点だ……。
 悧魄に過去を思い出させてはいけない。
 本当の両親のことや《妖魔の森》で起こった出来事は、封じられたままでいいのだ。
 今の悧魄は、神人という宿命を呪い、恨み――死に誘われていたあの時よりも幸せなはずなのだから……。
 再び彼を死の闇に突き落とすことがあってはならないのだ。
「……地天殿が、死に際に気になることを言っていたのです」
「蘭麗が何を口走ったのかは知らないが、私は隠し事などしてはいない。仮にあったとしても――おまえは何も知らなくていい」
「ですが、紫姫魅様――」
「悧魄、それ以上執拗に迫ると、おまえとて赦さぬぞ」
 わざと突き放すように冷ややかな声音で言い放ち、紫姫魅は寝台から滑り降りた。
 悧魄はまだ何か言及したそうだったが、主の声に追随を許さぬ厳しい響きを感じ取ったのか、開きかけた唇をすぐに閉ざしてしまう。


 ほんの僅かな沈黙の後に、悧魄はそれまでの話題に諦めをつけ、別の話題を切り出した。
「先ほど、天空城へ忍ばせていた密偵から連絡がありました。天王様がこちらへ向かったそうですよ」
「――――!?」
 悧魄の報告を耳にした途端、紫姫魅の双眼に鋭い輝きが閃いた。
「そうか、天王がここへ――」
「どうします? 城の者たちに迎え撃つ準備をさせますか?」
「いや、その必要はない。私一人で充分だ。悧魄――おまえもここに残れ」
「――何故ですっ!?」
 紫姫魅の指示に、悧魄は愕然と目を見開いた。ここまできて天王との闘いに参加できないのは、非常に不本意だ。
 紫姫魅を護ることこそが己の使命だ――と彼は自負している。
 紫姫魅とて、そんな悧魄の胸の裡を理解しているはずなのだ。なのに『ここに残れ』という命令はどうにも納得できない。
「あなたを一人で天王様の元へ行かせろ、と? 俺に……あなたが殺されるのを黙って見ていろ、と言うのですかっっ!?」
 悧魄は心のままに紫姫魅に向かって叫びに近い声を放った。
 紫姫魅の黒曜石の双眸が、無感動にそれを受け止める。
「そうだ。だが――死ぬところも見せはしない」
 紫姫魅の秀麗な顔に、僅か一瞬、苦悩の翳りが射す。彼は鋼のような理性で苦痛を抑えつけた後、細い指を悧魄の額へと伸ばした。
 冷たい指先が悧魄の肌に押し当てられる。
 瞬時、ガクンッと悧魄の身体は大きくのめった。
 紫姫魅が自分の方へ倒れ込んできた悧魄を両手に受け止める。
 悧魄は、急に自由が利かなくなった身体に不安と焦りを覚えた。懸命に四肢に力を込めてみるのだが、全ては無駄に終わった。
 身体が自分の物ではないかのように、微動だにしないのだ。
 逆らいがたくも瞼が重くなり、徐々に意識が遠ざかる。
「――な、なにを……?」
 自由の利かない唇を必死に動かし、それだけ音に成すのが精一杯だった。
「しばらく、ここで眠るがいい――」
 紫姫魅の静かな言葉を最後に、悧魄は完全に意識を失った……。



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