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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.06[21:24]
 沈みかけた心を誤魔化すように、アイラは手にした銀盃の中身を一気に呑み干した。
 薬湯の苦い味が、ジワリと口内に広がる。
 微かに眉根を寄せながら、アイラは銀盃をルシティナに差し出した。
「この部屋には、もう慣れましたか?」
 銀盃を盆に戻し、ルシティナが先ほどのアイラの言葉を流すように話題を転じた。
「地下の牢よりは」
 アイラは皮肉げに唇を歪めた。
 キール・イタールを攻め滅ぼし、ラパスがアリトラに凱旋した翌日、アイラは幽閉されていた暗い地下牢から出され、この部屋に移されたのだ。
 あれから二週間ほど経つが、冷たい地下牢に比べれば、ここは天国だった。
 外に出られないこと以外、自由が利く。
 両手足から枷の重みが消失したことが、何より快適だった。
「だが、この鳥籠はつまらない。たまには、外に出て遠出をしたり、剣の鍛錬をしたいな」
 アイラは不可能を承知の上で、わざとルシティナを困らせるような言葉を紡いだ。
 ラパスは、決してアイラをこの部屋から出そうとはしない。
 仮にラパスがそれを赦したとしても、乗馬や剣の稽古は到底無理だ。一年もの幽閉生活のおかげで、全身の筋肉は削げ落ちてしまっている。
 牢から出されて二週間――顔色は良くなったのものの、足取りは未だ危うい。立ち上がった瞬間によろめき、ルシティナに支えられることもしばしばだった……。
「殿下、残念ながら、それは――」
 アイラの手首を覆う包帯を解いていたルシティナは、言い難そうに口籠もった。
 アイラの視線を避けるように黙々と包帯を解き、そこに現れたものを見て痛々しげに目を細める。
「……中々治りませんね」
 長い地下牢生活のせいで透けるように白くなったアイラの肌には、赤紫色の痣と血の塊がこびり付いていた。
 重い鉛の枷が填められていたことの証明――癒えぬ傷痕だ。
「一年も拘置されていれば、誰だってこうなる」
 アイラが事も無げに告げると、ルシティナはますます痛ましげな表情を見せた。
 アイラを気遣うように、そっと磨り潰した薬草を傷に塗り込み、新しい清潔な包帯を巻き直す。その仕種はひどく鄭重だ。
「あまり私に情を移すとラパスの不興をかうぞ」
「陛下も殿下のことを気に入っているようですが?」
 ルシティナは微笑し、アイラの左手の治療に取りかかった。
「やはり、あの方に似ているからでしょうか?」
 ルシティナの言葉に、アイラは大きく息を吐き出した。
 誰に似ているのかは、訊き返すまでもない。
 髪の色を黄金に、瞳を明るい青色に、そして顔立ちをもっと女性らしくすれば、アイラは《英雄》と称賛されるある人物にひどく似ている。
「……兄妹だからな」
『ギルバード・アーナス・エルロラに』だ。
 年功順に言えば『アーナスがアイラに似ている』のだが、知名度ではエルロラの申し子であるアーナスの方が俄然高い。
 大陸の創世神エルロラから神剣ローラを賜った王女。
 彼女の勇名は、現在も大陸全土を縦横無尽に駆け回っていることだろう――ラパス王に最期まで果敢に挑んだ黄金の女神、として。
 ――だが、妹は……。
 アイラは胸に怒りと哀しみが芽生えるのを禁じえなかった。
 ――妹は英雄であるがゆえに、ラパスに殺されたのだ。
 無意識に歯が下唇を噛み締めた。
 エルロラがアーナスを選ばなかったら、神の奇跡を起こさなければ、彼女は一国の王女として幸せな一生を送ることが可能であっただろう。
 しかし、彼女には神から与えられた宝剣ローラがあった。
 人々は、彼女にエルロラ神の名に恥じぬ戦士であることを強い、彼女はそれに応えた。
 応えたがゆえに、神から力を授かったもう一人の人物――邪神シリアの魔剣ザハークを持つラパスと対峙し、敗れることになったのだ。



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