ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「……殿下の方が、穏やかな顔つきをしていますけどね」
 ルシティナの声で、アイラはハッと我に返った。
「あれは、兄妹の中で一番気性が荒かった」
「でしょうね……最期の時――」
 言いかけて、ルシティナは決まり悪げに口を噤んだ。
「そういえば、訊いたことがなかったな。あれの最期は……。どうだった?」
 アイラが問いを発するとルシティナは溜息をつき、覚悟したように口を開いた。
「アーナス殿下は、夫であるイタール第三王子ミロ殿下と共に、我が王の傍近くまで乗り込んできました。先に亡くなったミロ殿下の首を片手に抱え、もう片方の手に神剣ローラを掲げ、陛下と対峙しました」
「それで?」
 アイラは先を促し、そっと瞼を閉ざした。
 瞼の裏に、血塗れになりながら愛する夫を抱き、ローラを掲げ、ラパスに挑みかかる妹の修羅の如き姿が容易に浮かび上がった。
「周知の通り、陛下の前に斃れました。陛下に向って高々とローラを翳し、ミロ殿下の首を抱えたままの態勢で、息を引き取りました」
 告げ終わると同時にルシティナはアイラから顔を背け、右足の手当てに移る。
「あれらしい死に様だな」
 抑揚のない声音で呟き、アイラは瞼を開いた。
 死ぬ瞬間まで妹は己れの信念を曲げず、意志を貫き通したらしい。
「……自慢の妹だった。大切な親友だった」
「親友――ですか?」
 何を指しているのか理解できない様子で、ルシティナが顔を上げる。
「ミロは私の親友だった」
 イタールの第三王子ミロ・レイクールンは、アイラにとって信頼できる友であった。
 同じ年に生まれた王子同士ということもあり、互いの間には幼少の頃から親近感が芽生え、交流は深かった。
 妹が彼と婚約を結んだという話を、手放しで喜んだこともあった……。
 それも、もう遙か遠い日の出来事のように感じられる。
「何故、妹はラパスに敗れた? 全知全能の神エルロラの加護がありながら、何故……? 私には、アーナスのローラがラパスのザハークに勝てぬとは到底思えない」
 アイラは苦渋に満ちた表情を浮かべた。
 現場にいたルシティナを前にしても、今は怒りが沸いてこない。
 怒りよりも――哀しみと絶望の色が濃かった。
「俺が言うのも妙な話ですが――」
 ルシティナは手早く左足の手当ても終わらせ、正面からアイラを見返してきた。
「あの時、ギルバード・アーナスが手にしていたのは、神の剣ではなく――それに似せて造られた贋物だそうです。だからでしょう」
「ローラじゃない……?」
 アイラは驚愕を隠せずに目を見瞠った。
 アーナスが神剣ローラを手放したことなど、アイラの知る限り一度もなかった。
 そのアーナスが、ローラの贋物を掲げてラパスに挑むとは、一体どういうことなのだろうか?
「はい。同じ神の剣を持つ陛下が断言しましたので、間違いないでしょう」
「では、本物は?」
「アーナス殿下とミロ殿下の間には王子が一人存在しています」
「あの二人に……?」
 アイラは更なる驚愕にしばし茫然とした。
「そうか……あの二人に皇子が」
 アイラの表情が、強張ったものから綻んだものに変化する。
 キール・ギルバード王朝の血が自分以外にも残されている。
 愛する妹と友の子供が、この世界の何処かで生きている。
 その事実は、ささやかではあるがアイラの胸中に希望の光を植えつけた。
 ――まだ、全てを諦めるのは早い。
 強く自身に言い聞かせる。
「推論でしかありませんが、アーナス殿下は王子にローラを譲り渡したのではないか――と。現在、双方の行方を追っています」
「そうか……見つかっていないのか」
 アイラは安堵の息を吐き出した。
 ラパスに見つかるのは、まだ早い。
 発見されたら最後、王子は抹殺され、ローラは封印されてしまうだろう。
 ラパスは、自分を脅かしたギルギード・アーナス・エルロラの存在を認めはしない。彼女の血を引く子供など目障りに違いない。
 ギルバード・アーナスの皇子と神剣ローラ。
 この二つの要素があれば、皇子は第二のギルバード・アーナス・エルロラになれる。
 神の剣を掲げる救世主に。
 神の剣は、神の剣にしか斃せない。
 ザハークに対抗できるのは、ローラだけなのだ。
 あと二十年――せめて十五年、皇子がローラを駆使できるほど成長するまでは、ラパスの包囲網を無事潜り抜けてほしい。
「アーナスの子供とローラ、か。ラパスの心中は穏やかではないだろうな」
 アイラが皮肉げに告げると、ルシティナは僅かに不服そうな表情を見せた。
「必ず見つけてみせますよ」
 常とは異なる厳しい戦士の表情で、ルシティナが断言する。
 直後、トントンと扉が叩かれた。
「ルシティナ様、王からの伝達です」
 扉の外から届けられた声に、ルシティナが立ち上がる。彼は敏捷な動作で扉へと向かった。
 扉の影で外の兵士と何事かを囁き合い、すぐにアイラの元へ戻ってくる。
「アイラ殿下、陛下がお呼びです」
 言いながら、彼は腰に携えた頑丈そうな鉛の手錠を取り出すのだ。
「ラパスが、ね……」
 アイラは唇を歪めた。
 手錠の意味は『この部屋から出る』ということだろう。
 この鳥籠に閉じ込められて以来、初めての外出だ。
 単調な毎日――その変化の第一歩。
「何を企んでいるのか――」
 薄く微笑みながら、アイラは従順に両手をルシティナに向けて差し出す。
 その手に枷がかけられるのを、アイラは他人事のように見つめていた――


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2009.07.06 / Top↑
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