ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 白亜宮の中枢部に位置する一室では、深刻な討議が繰り広げられていた。
 室内には緊迫した空気が漲っている。
「我々はどのように処せられるのでしょうか、ラパス王」
 痩身の男が額に汗の玉を浮かばせ、怖々と玉座に座る人物を見上げた。
 黄金の玉座に腰かけた黒衣の男――カシミア王ラパスは、眼下のテーブルに座する五人の男たちを無感動に睥睨した。
 二年前、若干二十四歳にして実兄を謀殺し、カシミアの玉座を略奪した冷徹な男。
 そして、つい最近、『平和協定』を堂々と破棄し、キール・イタールを攻め滅ぼしてロレーヌ全土の覇王となった、冷酷な無比な男。
 ラパス・エンキルド。
 その冷徹さから《魔王》と恐れられる男は、見慣れぬ五人の男たちを眺めていた。
 男たちは円卓に座り、一様に恐縮したような表情を浮かべている。
 彼らの周囲には、多数のカシミア兵が控えていた。
 やがて、男たちを値踏みするように眺めていたラパスの唇がゆっくりと孤を描く。
「咎めはせぬ」
 低いが張りのある声が、薄笑みを象った唇から発せられた。
 ザワッと空気が揺れ、複数の人間が大きく息を呑む気配が室内を駆け抜ける。
「処罰はない――と、そう仰るのか? 我らはキールの……かつての重臣ですぞ?」
 信じられない様子で確認の問いを発したのは、先ほどの痩せた男だ。
 キール副宰相。それが男――レンボスの肩書きだった。
 今現在、旧キール国民から『卑小な男ゆえに宰相になれず、国王夫妻を見捨てて生き残った』と痛烈に批判されている男でもある。
 レンボスの横に座る四人の男たちも、キールにおいて要所に就き、先の戦禍を逃れて生き延びた者ばかりだった。
「懲罰は与えぬ」
 黒曜石の双眸に冷ややかな光を宿して、ラパスが繰り返す。
 五人の男たちは再び息を呑んだ。
「但し、無条件というわけにはいかぬ。諸卿らには、余の忠実な部下となっていただく」
 有無を問わせぬ口調でラパスは提言した。
「我らに、キールの誇りを捨てよ、と……そう仰るのか?」
 歯切れ悪く呟いたのは、白髪に隆々とした体躯の壮年の男。
 キール禁軍の要――パゼッタ将軍である。
 パゼッタは渋面をラパスへと向けた。
 長年キール国王に遣えてきたパゼッタとしては、素直に頷けない提案である。
『カシミアの臣下としてラパスに遣えるか、キールの良臣として処刑されるか、どちらを選べ』と、目前の若い王は決断を迫っているのだ。
「キールは滅んだ国だ。今は、余のもの。だが、余はキールに関して詳しい知識を持ち合わせてはおらぬ。……キール領を速やかに統治統括するためには、諸卿らの助けが必要だ。パゼッタ将軍、そなたは人民に信望篤い人物だと聞く。余に力を貸してはくれぬか?」
 ラパスは口許に冷笑を浮かべたままパゼッタを見返した。
 口調は丁寧かつ下手に出たものであるが、闇を凝縮したような双眼は嘲弄するように不気味な輝きを湛えている。
「……わしは政のことは解らぬ」
 パゼッタは絶望を吐き出すように、深い溜息をついた。
「だが、長年尽くしてきたギル・ハーン陛下への忠義だけは、生涯忘れぬつもりだ」
「パ、パゼッタ将軍! 貴殿はラパス王に忠義は尽くさぬと?」
 目くじらを立てるようにしてパゼッタを遮ったのは、レンボスだった。
「ラパス王は、ギル・ハーン陛下、リネミリア妃陛下、ランシェ王太子殿下、アーナス殿下の御生命をもぎ取った方だ。……わしには到底遣えることはできぬ」
 パゼッタは決意を秘めた眼差しをレンボスへと注いだ。
 武将として、護るべきものを護れなかった後悔と自責の念が、ひしひしと押し寄せてくる。今の自分にできることは、亡き主人への忠義を貫き通し、ラパスを拒むことだけだ。
「何故だ? ラパス王に礼を尽くせば、我らはキールの地へ戻り、以前と変わらぬように振る舞うことができるのだぞ!」
 レンボスは責めるような眼差しでパゼッタを射た。
「キールへ帰ったとしても、そこは最早、わしの知るキールではない」
「パゼッタ将軍!」
 一際高くレンボスの怒声が室内に響き渡る。
 その後に、クックッという押し殺した笑いが続いた。
「凄い怒りようですね、副宰相殿。その態度から察するに、副宰相殿は既にラパス王に従順することを決められているようだ」
「フェノナイゼッ!」
 レンボスのきつい視線が、パゼッタから笑い声の主へと鋭敏に移動する。
 笑いの発生源は、五人の真ん中に座する若い男だった。
「副宰相殿は、初めからカシミアとつるんでいたとお見受けする」
 青い衣を纏った若い男は、軽蔑の眼差しをレンボスに注いだ。
 フェノナイゼと呼ばれた三十代前半の男は、キールの宮廷魔術師の称号を持つ人物である。
 十年ほど前に宮廷に上がり、五年前から師団長を務めていた。
「どういうことですかな、フェノナイゼ殿」
 四番目の男が胡乱な目付きでレンボスを一瞥し、次にフェノナイゼに問いかけた。
 優に六十を越えているだろう老人の名を、リーシェンタ・マロイという。
 キール最大の貴族――リーシェンタ公爵家。その当代がマロイなのである。
「簡単なことです、公爵。副宰相殿は、戦の前から我がキールの敵だったのですよ」
 フェノナイゼがマロイに向って苦笑する。
「副宰相が、王都マデンリアにカシミア軍を手引いた、と?」
「おそらく。……カシミア軍の奇襲を受けた我々は、籠城を余儀なくされました。王妃を筆頭に、我ら魔術部隊が城に魔法防壁を張って、ね……。城内には、俺や王妃、他の精鋭魔術師が詰めていた。少なくとも、魔法防御だけで城は十日はもつはずでした」
「しかし、カシミア軍により強行開城されたのは、僅か三日後の出来事だった」
 呟くようにパゼッタが相槌を打つ。
 転瞬、マロイの両眼が大きく見開かれた。
「内部から誰かが故意に城門を開いた――そういうことですかな?」
「そういうことです。おかしいとは思っていたけど……まさか副宰相殿だったとは、ね」
 皮肉たっぷりに述べて、フェノナイゼは自嘲するように唇を歪めた。
「根も葉もないことを言うな!」
 レンボスが凄まじい勢いでフェノナイゼを非難する。
「失礼。あくまでも俺の推論ですよ、副宰相殿」
 フェノナイゼが悪びれた様子もなくヒョイと肩を聳やかす。
「国王陛下や妃陛下を売ったか……」
 マロイが深い溜息を吐き出す。表情には怒りよりも嘆きが強く滲み出ていた。
「売国奴が」
 心底軽蔑し切った声はパゼッタのものだ。
「詮無いことを言うな、貴殿ら! わたしが陛下を裏切ったという証拠などないではないか! フェノナイゼの言葉は、わたしに対する誹謗中傷に他ならない」
 憤然とレンボスが一同を見回す。
 焦燥したように一気に言葉を捲くし立てるその態度が、彼の動揺を表しているようだった。
 証拠はない。
 確かに歴然とした証拠はないのだが、彼の狼狽振りは、一同にそれを確信させるに充分だった。
「――で、おまえはどうするのだ、フェノナイゼ?」
 レンボスが怒りを押し殺したような声音で言を紡ぎ、フェノナイゼを睨めつける。
「俺は一介の魔術師ですよ。ラパス王の役に立てるとは思えませんが?」
 フェノナイゼは、レンボスではなく玉座のラパスに視線を馳せんじた。
 視線を受け、今まで一同のやりとりを静観していたラパスが緩やかに口を開く。
「カシミアには魔術師が少ない。フェノナイゼ殿は、キールの宮廷魔術師だったと聞く。配下の魔術師も沢山いることだろう」
「開城の際、多くの魔術師を失いましたけどね、俺は」
「余は、そなたとそなたの魔術師団の力を借りたいのだが?」
「……そんなに魔術師を集めてどうするのか知りませんけど、キールの魔術師が大人しく王に従うとは思えませんね。開城後、真っ先に惨殺の餌食にされたのが、俺たち魔術師団だということをお忘れなく」
 素っ気なく述べ、フェノナイゼはそれ以上の発言を拒むようにピタリと口を閉ざした。
「申し訳ありません、ラパス王。フェノナイゼは口の利き方がなっていないもので……。リーシェンタ公爵、貴殿の考えは如何なものですかな?」
 額に汗を滲ませ、レンボスがラパスに深々と頭を垂れる。
 彼はフェノナイゼを憎々しげに睨んでから、マロイに話題を振った。
「私の帰る大地はキールしかない。キールは今、焦土と化している。民に活気を持たせ、大地を再興せねばなるまい」
 マロイは重い口を開くようにして訥々と述べる。
「戦禍の傷痕に、民は深い痛手を負っている。民には、食と財と住居を支援する存在が必要だ。幸い、私にはその力がある。我がリーシェンタ公爵家の富と財、そして土地が……。もっとも、ラパス王がそれらを私に返還して下さるのならばの話だが……」
「公爵が余に忠誠を誓うというのなら、すぐにでも返還してやろう。公爵には、我がキール領の民と共に大地を再建していただきたい」
「では……そのように。民には、老いぼれた私は必要ではなくとも衣食住が必要でしょうから」
 ラパスの言葉に、マロイはひどく緩慢な動作で頷いた。
 キールが滅亡した今、公爵の地位など無に等しい。
 それでも、これまで築き上げてきた富と財は、微弱ながらキール国民の役に立つだろう。
 自分がラパスの臣に下ることで民への支援が可能になるのなら、それで異存はなかった。
「では、後ほど返還の手続を行う」
 ラパスが軽く頷く。
 その黒曜石の瞳が、五人の男の最端に据えられた。
 廉潔さを表すような純白の衣を纏った、青年。金の髪は、頭の高い位置で結わえられていた。
「……何か?」
 青年の薄い菫色の双眸が、ラパスの視線に気付いたように動く。
「そなたは先ほどから討議に加わっていないようだが、どのような意見かな、大神官」
 ラパスが鄭重な口調で青年に尋ねる。
「私は――いえ、私たちエルロラ大神殿は、ラパス陛下の意には従いません」
 静かだがはっきりとした意志を秘めた声で、青年はラパスを拒絶した。



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2009.07.06 / Top↑
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